新一筆啓上賞を通して

心を届ける

114万通の感動

自治体初の大規模な公募コンテスト

「娘」へ明日も公園へ行こう。明日で世界が終わるとしても、一緒に公園へ行って遊ぼう。(宮崎県 36歳 主婦)

「娘」へ
明日も公園へ行こう。
明日で世界が終わるとしても、
一緒に公園へ行って遊ぼう。
(宮崎県 36歳 主婦)

日本一短い手紙コンテスト「一筆啓上賞」「新一筆啓上賞」。40文字以内の言葉で、思いを手紙に綴る短文のコンテストです。福井県丸岡町で始まったコンテストは、第1回目から大反響を呼び、19年目を迎えた今年、応募総数は114万通にも達しました。入選作をまとめた書籍は毎年ベストセラーに名を連ね、外国語にも翻訳。映画やドラマ、舞台としても上演され、世界に多くの感動を届けています。

出版された関連書籍は累計600万部を越える
出版された関連書籍は累計600万部を越える

一筆啓上 火の用心
お仙泣かすな 馬肥やせ

伝えたいことを簡潔に記し、手紙文の手本とされてきたこの文章は、徳川家康の家臣・本多作左衛門重次が陣中から妻に宛てて送ったものです。「お仙」とは重次の息子・仙千代(本多成重)のことで、後に越前国丸岡藩主となったことから、この手紙は丸岡町にとって特別なものとなります。いまも丸岡城の前には、文面を刻んだ碑が立てられています。
この手紙をテーマにして町おこしをと考えた丸岡町の意向を受けて、精力的に動いたのが(財)丸岡町文化振興事業団(福井県坂井市)の大廻政成事務局長です。著名な川柳作家、歌人らを選考委員に招き、郵政省の協力も取り付けるなど強くアピールしましたが、自治体として大規模な作品公募事業を行なった前例はなく、成功を危ぶむ声もありました。しかし、ふたを開けてみると、第1回目から3万通を越える応募作が寄せられ、顕彰式は大盛況となりました。
「やるからには、一回目から必ずヒットさせると、スタッフ全員が意気込みました。第一回目の顕彰式は、いまでも脳裏に焼き付いています。読み上げられる入賞作品の一つひとつに感動の声が漏れだし、運営するだれもが楽しんでいた。私自身、涙が流れ落ちるのを止められませんでした」

常に新鮮な感動を届けたい

一筆啓上賞は第1回目から話題を呼び映画、舞台にもなった
一筆啓上賞は第1回目から話題を呼び
映画、舞台にもなった

住友家の家祖、住友政友(1585-1652)は越前丸岡の生まれ。それが縁になって、住友グループは一筆啓上賞を第2回目の1994年から特別後援しています。
「町の人に楽しんでもらえれば、と思って企画したアイデアが、多くの方の協力もいただいて予想をはるかに越えて広がり、いまでは日本中、いや世界からも気持ちの込められた手紙が寄せられてくるまでになりました。感無量です」
大廻政成事務局長は、感慨深げに語ります。
今回のテーマは「明日」。昨年3月11日の東日本大震災を受けて、すでに決まっていたテーマを急遽変更しました。
「震災の日、あまりの衝撃、あまりの悲しみに、ただ佇むしかありませんでした。すべての準備を整えていたときに、このまま進めてよいのだろうかと疑問が湧き、選考委員同士で問いかけが始まりました。ふと一人が口にした『明日はどうなるんだろう…』という一言で、テーマを『明日』として募集したのです」
明日からどう生きるべきか、何をするべきかと問いかけられるような叫び、苦しみ、絶望感すら漂う作品が集まり、涙をぬぐいながらの選考になったと言います。
3万5000通あまりの作品のなかから、冒頭の作品をはじめ5篇が大賞に選出。4月に行なわれた顕彰式では、高校生による書道パフォーマンスや、選考委員でシンガー・ソングライターの小室等さんが大賞作品にメロディーをつけた歌も披露しました。
「テーマも毎回変えますし、式の趣向も同じことは2回とはしません。苦労はありますが、どうやってみなさんに喜んでもらおうかと考えるのがまた楽しいんですよ」
と、大廻さんは相好を崩します。
常に新鮮な感動を。関係者の尽力が、コンクールを大きく育てていることは間違いないようです。

短い言葉に思いを託す

手紙でなければ伝えられないこと

手紙でなければ伝えられないこと

「回を重ねて、『手紙文学』とでもいうのでしょうか、新たなジャンルの表現が生まれてきているような気がします」
大廻氏は語ります。
電子メールが全盛となった今日においても、紙に文字をしたためて封書で送るという応募スタイルは変わることはありません。それでも応募作品数が減ることはなく、新一筆啓上賞は、さらに発展を続けています。
「気持ちを短い手紙に表すと、それが心に響くものになる。賞に寄せられる作品は、宛てた相手に渡されるものではなく、あくまでコンテスト用につくられたものなのですが、それに触れた人は、短い文章が伝えているものを、自分の家族や友人の関係のなかに置いて共感するのです。この賞が愛されている理由は、そこにあるのではないでしょうか」

「賞状」は、地元特産の越前織製
「賞状」は、地元特産の越前織製

何よりも新一筆啓上賞を愛しているのは、他ならぬ丸岡町の人々かもしれません。手弁当でイベントの運営や食事の用意に加わり、賞を盛り上げています。
「手伝ってくださる町の方に、無理はしないでくださいねというと『なあに、こんな楽しいイベントにオレを加わらせてくれるなんて、それだけでありがたい。これくらいやらせてくれ』といってくださるんです。感動が何重にも広がって、それが町の活力になっているのを実感しています」

気持ち伝えることを手伝いたい

顕彰式風景
顕彰式風景

これまで「母」「家族」「私」「夢」など、自分や家族をテーマとしてきた同賞、20回目を迎える次回のテーマは「ありがとう」に決定しました。114万作品のなかで、もっとも多かった言葉が、「ありがとう」だったことから、このテーマとしたものです。これはすなわち、手紙で、ありがとうという気持ちを伝えたい人がもっとも多いということを意味します。
「家族に面と向かってありがとうというのは、なかなかできないものですよね。もちろん、手紙に書いて伝えるのも気後れするでしょう。だからこそ、このコンテストという場を借りて、言いづらいことを言葉にしようとされるのかもしれません」
住友グループが掲げる「大切なこと 人から人へ」というメッセージにも、大廻さんは大きくうなずきます。

「感謝ほど大切な気持ちはないでしょう。ところが、日本人はいつのまにか気持ちを伝えることが苦手になって、それを言葉にすることが少なくなってしまっているのではないでしょうか。家族のなかで一人ひとりが孤立してしまいがちな昨今、せめて賞を通して家庭のコミュニケーションを促すお手伝いができたらという気持ちもあります」
今回は海外から募集する作品にも「arigato」を盛り込むことを要項に加えました。
「もっともありふれていて、もっとも美しい日本語、それが『ありがとう』だと思うんです。単に感謝の意を示すだけでなく、貴重で得難いものを自分は得ているという感動を、言葉のうちに含んでいる。ぜひこの言葉をつかって、心を伝えてほしいですね」
2013年春、新たな感動が、また北陸の町から届きます。

大廻 政成(おおまわり まさなり)
大廻 政成(おおまわり まさなり)
(財)丸岡町文化振興事業団事務局長。1950年(昭和25年)福井県丸岡町生まれ。東京で学生、社会人として様々な経験後、帰郷。83年丸岡町役場職員となり、継体天皇の母を題材にした「振媛文学賞」や「中野重治文学奨励賞」、「一筆啓上賞」などの創設、運営に深く関与。98年より現職。任期は1993〜2015年。

PageTop