特集「住友グループの取り組み」
社会課題の解決に貢献する住友グループの最新の取り組みを毎回、テーマを決めて紹介します。

第1回 教育
未来を担う子どもたちのために

住友林業 富士山「まなびの森」環境学習支援プロジェクト

テーマ:教育

未来を担う子どもたちのために

「子どもたちに元気で健やかに育ってほしい」──。
すべての大人にとって、この願いは共通のものだろう。企業も教育を通じて子どもの成長に貢献しようと、社員を学校に派遣して出張授業を開いたり、工場や社屋を見学・体験の場として提供するなどといった活動を行っている。

住友グループ各社も同様、未来を担う子どもたちのために様々な教育貢献活動を展開中。その内容は独創的で、幅が広い。

住友林業は1996年に台風被害を受けた富士山麓の森で、ボランティアを募って森林再生プロジェクトを続けてきた。再生林と天然、人工林から成り立つその一帯を、「まなびの森」と名付け、環境学習支援プロジェクトを開催している。大日本住友製薬は中学校・高校で、遺伝子診断を題材に“正解のないテーマ”について自ら考えるプログラムを実施している。今年で120周年を迎える明電舎は、周年事業の一つとしてタイの山村に校舎と図書館を寄付。同社にとって、教育を通じた地域貢献の歴史は創業時期までさかのぼる。

3社の活動を見てみると、持続可能な社会に貢献する企業には、子どもの学びにプラスとなる材料があふれていることがよく分かる。その価値を社会と共有することは、住友の事業精神である「自利利他公私一如(じりりたこうしいちにょ)」(住友の事業は住友自身を利するとともに、国家を利し、社会を利するほどの事業でなければならない)に、かなうものでもあるはずだ。

森を五感で感じる喜び 住友林業

1996年、富士山南麓に広がる森が台風17号により深刻な風倒被害を受けた。一帯は富士箱根伊豆国立公園に含まれる国有林。住友林業はこの森の一部約90haを国から借り受けて「まなびの森」と名付け、住友林業設立50周年記念事業として1998年から森林再生プロジェクトを開始した。

創業320余年の歴史の中で、別子銅山の「大造林計画」を完遂した同社には、世の中にCSR(企業の社会的責任)という言葉が生まれる以前から、本業の軸である木を()ったら植え、育てるという持続可能な事業への志が浸透していた。

初めて体験する、森の手触り、色や形、におい…。子どもたちはまるでテーマパークを訪れたかのように、森を楽しんでいる。

ボランティアの協力を得て植林は順調に進み、次の「育林」を中心とするフェーズに移行し始めた2006年、同社は地元・静岡県富士宮市の小中学生を対象とした富士山「まなびの森」環境学習支援プロジェクトをスタートする。そこには「森づくりには長い時間がかかる。私たちの世代だけではこの森を見届けることはできない。だからこそ、次世代を担う子どもたちに森の大切さを伝えたい」という思いが込められていた。

プロジェクトは、富士宮をベースに活動するNPO法人ホールアース研究所との協働で実施している。天然林・人工林・再生林がほぼ3分の1ずつ広がる、樹種に富んだ豊かな森を散策し、五感を使って様々な角度から森を体験するのだ。例えば、木の幹に直接触れてみたり、野鳥の声や木の葉のそよぐ音に耳を澄ませたり、天然林と人工林の違いを間近で見てみたり。そのとき、森の中にいる子どもたちの目はキラキラと輝いているという。

活動拠点となる「フォレストアーク」は、太陽光発電やペレットストーブなど環境にやさしい設備を備えている。
訪れた児童・生徒たちから、後日、感謝の心に満ちた感想文が寄せられる。

当地は国有林の一部ということで、電気、水道といったインフラが通じていない。その代わり、森の中には太陽光・風力発電や雨水利用、バイオトイレなどの設備を備えた木造施設「フォレストアーク」がある。環境に配慮した生活を体験することで、暮らしの中で木がどのように役立ち、バイオマス発電の燃料も含めて今後どのように使えるのか考える機会になる。また、日本の森の多くを占める人工林では、木を伐ることは自然破壊ではなく、伐って新しく植え、育てるという循環を繰り返すことで健康な森となることも伝えている。

すでに7,000人を超える子どもたちが参加しているこのプロジェクト。10年続けてきたことが評価され、2017年3月には文部科学省から「青少年の体験活動推進企業表彰」として審査委員会奨励賞も受賞した。今後は、森と社会のつながりについて出張授業を実施したり、木々だけでなく動物や昆虫も含めた生物多様性について学ぶ機会を提供することも考えている。

遺伝子診断をテーマに考える力を養う 大日本住友製薬

世の中には、正解のないテーマがある。生命と倫理の問題はその代表といえるだろう。科学技術が急速に進歩し、遺伝子診断によって将来発症する可能性のある病気が予見できるようになった現在、その診断結果をあらかじめ知ることが人間にとって“良いこと”であるか否かは、当然ながら簡単に答えを導き出せるものではない。

正解のないテーマについて自分の意見をまとめ、他人の意見を受け入れるプログラム。子どもたちにとって、生命と倫理の問題について深く考える初めての体験かもしれない。
授業では専用のワークシートを配布。これを使って自分の考えを整理し、グループとしての意見をまとめてもらう。

しかし正解が1つではないからこそ、教育のテーマとしてふさわしいという見方もできる。大日本住友製薬は、中学校・高校向け道徳教育プログラム「科学技術と人の幸せ」を展開。そのねらいは、子どもたちに“道徳的実践力”と“問題解決力”を養ってもらうことにある。

授業では、遺伝子診断で治りにくい病気にかかる可能性が判明し、人生の決断に迫られる人物のストーリーを見せる。その上でまずは、個人の考えを根拠と共に専用のワークシートに書いてもらい、それを持ち寄ってグループでディスカッションを行う。そして最後にグループとしての意見を1つにまとめて発表する。自分の意見とは異なる、他の人の意見も受け入れながら、「答え」を導き出すのだ。

友達の考えを聞いて、自分の意見を変えても一向に構わない。正解はなく、間違いもない。遺伝子診断が良いか悪いかを問うものでもなくて、命の決断を自らに問いかけ、考えさせるプログラムといえる。生徒たちからは「自分だけの考えで突き進むのではなく、周りのことも考えなければいけないと分かった」「違う立場の意見を理解するのが難しかったが、新しい情報を取り入れていくことで理解できるようになった」といった声が聞かれる。

教師と社員による「コラボレーション型授業」の形式をとっているのも特長の一つ。企業が学校に教育プログラムを提供する場合、社員が先生役となって一方的に授業を行うケースが多いが、このプログラムでは教師が授業をリードし、社員は導入解説と専門家の立場からアドバイスするにとどめる。子どもたちの活発な発言を促し、限られた時間内で、深いテーマを掘り下げて考えるのにはこの方法が向いているという。

熱く議論を交わす子どもたちにアドバイスする社員。専門知識を持った大人がいなければ成り立たないプログラムといえるだろう。

同プログラムは、2011年に次世代育成支援における社会貢献の一環として企画が立ち上がった。昨年度は20校で実施され、今年度は30 校での実施を目指している。

根底にあるのは、「人々の健康で豊かな生活のために、研究開発を基盤とした新たな価値の創造により、広く社会に貢献する」という同社の企業理念だ。その理念を確固たる出発点とし、子どもたちが自ら未来を切り拓く力を身につけてほしいという願いを込めて、この取り組みは今後も続いていく。

創業者の思いを受け継ぎ、タイで学校施設を寄付 明電舎

明電舎は2017年12月で創業120周年を迎える。これを記念する事業として、タイのガラヤニワッターナ中高等学校に図書室と水貯蔵タンクを寄付、またメチェム小学校で校舎の建設を行った。いずれもこの1月、児童・生徒や学校関係者、地元自治体、住民たちも参加して、現地で式典が開催された。

メチェム小学校の新校舎。1月26日に開かれた式典には、子どもたちや地元自治体関係者らが駆けつけた。
ガラヤニワッターナ中高等学校の図書室。
タイの山あいの村でこれだけ豊富な図書をそろえている施設は極めてまれである。
同じ敷地の一角に水貯蔵タンクも設置された。

発展著しいタイだが、地方部では水道などの公共インフラに加えて教育施設が不足しているところも多い。そこで、2016年に設立50周年を迎えたタイ明電舎と共に、NPOなどの協力も得て、今回の記念事業に乗り出した。

場所はタイ北部のチェンマイから車で2時間近くかかる山岳地域。周辺には学校がほとんどない。そうした地域で学校施設を充実させれば、そこに人が集まり、町も発展していく。寄付に水貯蔵タンクを加えたのは、同地が乾期に雨が少なく、水の確保に難があるためだ。ゆかりの深い国、タイでの教育貢献をベースに、地域発展にもつなげる未来像を同社は描いた。タイではすでに社員が大学へ赴き、電気工学系の学生に特別講義を行う取り組みも始めている。今回の事業で、小学校から大学までと、同社のタイにおける教育への貢献が一層広がることとなった。

創業者・重宗芳水の思いを継いで、その妻・重宗たけが設立した小学校(写真は昭和初期の様子)。教育を通じた地域貢献はこの時代から続いている。

今回の記念事業の背景には、創業者・重しげ宗むね芳ほう水すいの思いが深く刻み込まれている。明電舎は創業から16年後の1913年より、東京・大崎に工場を移転。その頃周辺には学校がなく、工場で働く社員の子どもは遠い学校まで通わなければならなかった。これを見た芳水は、工場の近くに学校が必要だと考えたのだ。芳水の没後、その思いを引き継いだ妻で2代目社長・重宗たけが私財を投じ、1918 年に小学校を設立。その後、地元自治体に寄付され、現在も「品川区立芳水小学校」として存続している。同校は来年、100周年を迎える。

120周年記念事業として何ができるか考えたとき、社員たちの胸にこのエピソードが当然のごとく思い起こされた。教育に貢献したい、教育を通じて地域に貢献したい。その思いが、遠いタイの地でも結実したわけだ。

現在、芳水小学校では年に1度、社員による出張授業が行われている。電気を軸としたものづくりを本業とする明電舎らしく、6年生を対象にモーターを使った組み立ての楽しさを伝えている。今回寄付を行ったタイの学校でも、タイ明電舎が主体となって同様の取り組みを進められればと考えている。

いつか、「電気の技術で世の中に貢献する」明電舎の精神がタイの子どもたちにも伝わり、彼らと共に働く日が来るのかもしれない。

SUMITOMO QUARTERLY NO.149より転載

メッセージ「住友グループの取り組み」ナンバー

PageTop