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住友の歴史と事業精神住友の歴史と事業精神

住友人物列伝:総理事と呼ばれた人たち

伊庭貞剛 その二 2

文・末岡照啓

大阪本店への帰任

品川弥二郎「月と花とは人に譲りて」と
伊庭に付け句した友人の
品川弥二郎。
写真『品川子爵伝』より

明治32(1899)年1月、伊庭は別子鉱山の後事をすべて鈴木馬左也に託して大阪本店に帰任した。前年12月17日、実家の長男貞吉に宛てた書状には「小生が別子山へ参り候てより、五次ノ歳晩、何之故障もなく、年々歳々出銅之額も進み、先是ニて鉱山歳晩の結末、明春より(より)鈴木君ニ譲り、目出度帰阪致」とある。明治27(1894)年の悲壮な覚悟から五年の歳月を経て、別子の騒動を収め、新居浜の煙害問題にもひと区切りをつけた喜びがひしひしと伝わってくる。この喜びは、かつて苦難をそっと打ち明けた友人の品川弥二郎※1にも伝えられ、その書状には「五ケ年の跡見返れば雪の山」との感慨が認めてあった。これを読んだ品川は「月と花とは人に譲りて」と付け句し、伊庭の無欲な潔い離任を賞賛した。「難事にはおのれ進んでこれに当り、難事去ればおのれまず退いて後進に道を譲る」、これが伊庭の仕事のやり方であった。

事業の多角化と重役会の設置

第一回の住友家重役会議録重役会議録第一回の住友家重役会議録。
ここで現在の主要各社が誕生した。
写真提供 住友史料館

その間、明治28(1895)年5月4日、伊庭は第一回の住友家重役会議を尾道支店で開催している。会議には、大阪本店支配人の田辺貞吉、同理事の豊島住作、田艇吉、谷勘次らが集まった。席上、住友銀行の創設、海外貿易の拡張などが話し合われ、議決に従い同年11月1日には住友銀行が開業し、翌29年2月12日には筑豊の諸炭坑を統括する若松支店(住友石炭の前身)が開設された。30年4月1日には別子産銅の加工・製品製造を目的に住友伸銅場(現在の住友金属、住友電工、住友軽金属の前身)が設立され、31年5月9日には、別子鉱山の山林課と土木課(現在の住友林業、住友建設の前身)、32年7月1日には住友倉庫が銀行から独立して設立された。こうして、伊庭の時代に現在の主要な住友各社が誕生したのである。
明治29(1896)年10月1日、伊庭は住友家法が実体にそぐわないと大幅に改正した。その要点は、一、重任局を廃し、重役会で重要事項を審議すること、二、総理人を総理事と改称すること、三、従来、支配人の下位にあった理事を重役として重役会の構成員とすることであった。ここに、住友の総理事制と重役会がスタートしたのである。

総理事就任と人材の登用

明治30(1897)年1月23日、伊庭は住友総理事心得となったが、伊庭の事業に対する座右の銘は、「君子財を愛す、これを取るに道有り」というものであった。立派な人物は、財を尊重して、手に入れるにも道に沿って行うという意味であるが、会社・企業もまた金もうけするためにつくられたものであって、決してこれを恥じてはいけない、その手段が人の道にはずれないことが肝要であるとしたのである。伊庭が断行した四阪島への製錬所移転、別子山の植林などは、すべてこれに該当するだろう。同32年3月、伊庭は日本銀行理事の河上謹一を迎えるにあたり、河上と同格の理事に降格して礼をつくした。その後、伊庭は河上を慕って辞職した日銀幹部を招聘するいっぽう、学卒者を多く採用した。伊庭は洋行に出発する新入社員に対して、「住友は単に住友の為めに洋行させるのではない、広く世の中の為めにあれかしと希望してゐるからである」と述べて、広く国家社会に役立つ人材ならば、帰国後の就職先を住友に限定しなかった。
明治33(1900)年1月五日、伊庭は総理事に就任すると、事業方針について「住友の事業は、住友自身を利するとともに、国家を利し、かつ社会を利する底の事業でなければならぬ」と断言している。さらに日本のためになる事業で、しかも住友のみの資本で成し遂げられない大事業ならば、「住友はちっぽけな自尊心に囚われないで、何時でも進んで住友自体を放下し、日本中の大資本家と合同し、敢然これをやりあげてみようという雄渾な大気魄を、絶えずしっかり蓄えていねばならない」と、たえず国益優先の事業精神を貫いた。

  • ※1品川弥二郎 しながわ・やじろう
    1843年から1900年。長州(現在の山口県)藩士として尊皇攘夷・倒幕運動に参加。明治以降も政治家として活躍。1870年普仏戦争視察のために渡欧し、76年に帰国。81年農商務省で殖産興業につとめ、83年共同運輸会社設立を援助。85年駐独日本公使。91年には松方正義内閣の内務大臣に就任、その後枢密顧問官に任ぜられている。

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