この記念館は、高潔な実業家として知られる住友2代総理事 伊庭貞剛翁(幽翁)を顕彰し、その精神を広範に学んでいただく施設です。

約100年前の明治時代、伊庭翁人材の育成に尽力し、住友銀行(現在の三井住友銀行)、住友伸銅場(金属・電工・軽金属の全身)、住友倉庫、別子鉱業所山林課・土木課(林業・建設の前身)など現在の主要な住友各社を設立しました。また、煙害で荒れた四国別子銅山の植林や、製錬所の移転を通じて事業と環境問題共存を考えた先駆者です。

現在、住友活機園と呼ばれる本記念館の建物は明治37年(1904年)伊庭翁が引退するにあたり別墅(べっしょ)として建築されたものです。翁は「事業の進歩発達に最も害をするものは、青年の過失ではなくて、老人の跋扈である」との信念から、僅か4年で総理事の地位を去り、以後大正15年(1926年)この地で亡くなるまで、禅を愛し、静かな余生を過ごされました。

その間、翁の人徳を慕ってこの地を訪れる人が絶えませんでした。また「活機」とは禅宗の思想で“俗世を離れながらも人情の機微に通じる”という意味を持ち、翁が晩年を過ごした地の名称としてふさわしいものです。

国の重要文化財に指定 ―明治後期の大邸宅の姿を今に伝える―

住友林業株式会社が所有する「住友活機園」(伊庭貞剛記念館/滋賀県大津市田辺町10番14号)は、平成14年5月23日、文部科学大臣から重要文化財に指定されました。

このたびの指定は、明治後期の大邸宅の姿を今に伝える数少ない例として、その高い意匠が評価されたものです。格調高い洋館と重厚かつ巧緻な和館が併立していることを特徴とし、そのほかに新座敷・東蔵・西蔵・正門、及びその付属施設として茶室・四阿(あずまや)・鎮守堂があります。これらの建物に加えて、「一体となって景観をなす」と認められた敷地および庭園が一括して指定の対象となりました。

「住友活機園」は風光明媚な大津市石山寺に近く、瀬田川のほとり、琵琶湖を望む小高い丘の上にあります。明治37年、近代住友の基礎を築いた第二代総理事伊庭貞剛翁が自らの隠棲の居として建設し、翁の没後その子孫により旧住友本社に寄贈されたものを、戦前・戦後にわたって住友グループが維持管理をしてきた文化遺産です。平成9年からは貞剛翁を顕彰する記念館として整備し、グループ各社の社員が高潔な翁の精神を学ぶ場としても利用しています。

洋館(写真)は中之島図書館(重要文化財/大阪市)等を手がけた当時の洋風建築の第一人者野口孫市博士の設計で、鋭角の屋根、ハーフティンバー※1、シングル・スタイルの外壁※2、アール・ヌーヴォー※3を採り入れたデザインなどにより約百年を経過した現代でも斬新な印象を与えます。
和館は数寄屋建築の名手であった棟梁八木甚兵衛の代表作です。貞剛翁が支配人として勤める別子銅山を離れるにあたり、餞別として送られた別子山の栂材等の良材の持ち味を生かした巧緻な匠の技が随所に見られます。一方、室内は装飾を抑え落着いた意匠でまとめられています。

住友活機園が国民共有の文化財として評価されたことを大変名誉なことと受け止め、より一層細心の注意を払って保存に努めてまいります。なお一般公開につきましては、期間を限定して行っております。詳しくは住友活機園のホームページをご参照ください。

展示室を兼ねた洋館
展示室を兼ねた洋館
自然の美を生かした庭園
自然の美を生かした庭園

※1 ハーフティンバー:柱・梁等の木造軸組構造を外部に露出し、その間を漆くい・レンガ等で充填した木造建築。中世以降のヨーロッパ北部に多く見られる。
※2 シングル・スタイル:外壁に掛瓦や木の板を貼る方式。
※3 アール・ヌーヴォー:1900年前後のベルギー・フランスからヨーロッパに広がった新芸術の運動およびその様式。植物モチーフの曲線模様を多用するのが特徴。

開館時間のご案内

開館時間
午前10時~午後4時
休館日
日曜日・月曜日・祝祭日、年末年始
特別公開
年1回<要事前申込>

アクセス

住友活機園

TEL
077-537-1568
住所
滋賀県大津市田辺町10番14号 〒520-0852
FAX
077-537-6970

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