特別編

芸術文化振興の「百年事業」

住友ゆかりの名品やその収蔵施設を取り上げ、その由来、まつわる人々のドラマを紹介する「名品の履歴書」。企画の最後に当たり、希少な品々の一つひとつにこめられた住友の思いを振り返ります。

物心両面の発展を

楠木正成像(東京都千代田区皇居外苑)
楠木正成像(東京都千代田区皇居外苑)
詳細をご覧になりたい方はこちら

400年を超える歴史を通じて、連綿と伝えられてきた精神的基盤である住友の事業精神。その一つに「自利利他公私一如(じりりたこうしいちにょ)」がある。住友の事業は自らを利するとともに、国家を利し、かつ社会を利するものでなければならないとの考えで、「公益との調和」を強く希求している。
明治政府が殖産興業を進めるなかで、住友は本業である銅の生産を中核に据えてさまざまな事業を展開し、国の発展に寄与してきた。さらに、歴代の経営トップは、真に豊かな国となるためには物心両面における充実が欠かせないと考え、心の豊かさを育むものとして文化振興にも力を入れた。

明治23年(1890年)には、別子銅山開坑200年の記念事業として、宮内庁へ楠木正成像の献納を決め、新設まもない東京美術学校に製作を依頼。企業メセナの端緒ともいうべき活動で、芸術家を支援し、彫刻文化の振興を図るとともに、広く目に触れる像を製作することで、国民レベルでの芸術文化の勃興を企図している。

精神的主柱としての春翠

泉屋博古館収蔵のコレクション
泉屋博古館収蔵のコレクション
詳細をご覧になりたい方はこちら

明治26年(1893年)、第15代住友吉左衞門友純(春翠)が当主になると、文化振興活動はさらに加速する。公家出身で和漢の文化に精通していた春翠は、特に中国文化に敬意を持ち、青銅器を積極的に収集。青銅器を東洋文化の精髄と見なし、護持すべしとの思いがあったと伝えられる。収集のみならず、考古学者に研究を依頼し、図録『泉屋清賞』にまとめて配布するなど、学術的活動を推進した。こうした活動を通して、世界に青銅器の価値を知らしめたのは、大きな功績といえるだろう。
また、実兄西園寺公望の勧めに従い、洋画の収集にも力を入れる。ヨーロッパ絵画を購入するとともに、黒田清輝、鹿子木孟郎、浅井忠など明治期を代表する洋画家への援助を惜しまず、それらの作品を迎賓施設として用いていた須磨別邸の洋館に飾り、近隣住人や洋画家などに広く開放。国内における西洋絵画の発展にも大きく寄与した。
こうした活動を通して、春翠は住友の文化的精神的主柱として大いに活躍。春翠が収集した青銅器や洋画は、戦後、泉屋博古館に寄贈され、現在も内外の愛好者の目を楽しませている。

大阪への貢献

大阪府立中之島図書館
大阪府立中之島図書館
詳細をご覧になりたい方はこちら
大阪市立美術館収蔵のコレクション
大阪市立美術館収蔵のコレクション
詳細をご覧になりたい方はこちら

大阪図書館(現大阪府立中之島図書館)の寄贈も、春翠の強い意志によるものだった。欧米視察の際に、都市には立派な図書館があり、市民の向学心を高めていることに心を動かされた春翠は、住友家が長く居住し、そこで受けてきた恩恵に報いるため、大阪府に図書館の寄贈を提案。建築費、図書購入費の寄付に留まらず、住友本店臨時建築部により設計・建造も行った。明治37年(1904年)に開館すると、住友家および生家徳大寺家に伝わる古典籍を大量に寄贈。日本の近世研究にとって貴重な資料として活用されている。
地元大阪への文化貢献はこれに留まらない。
大正10年(1921年)、大阪市が美術館建築の計画を進めながら用地確保に苦労していることを耳にした春翠は、茶臼山(大阪市天王寺区)の本邸敷地を大阪市に寄贈する。そこで着工された大阪市立美術館は昭和11年(1936年)に完成したが、すでに春翠は他界。しかし、同美術館とはその後も住友と浅からぬ縁があり、住友本社が寄贈した日本画20点が収蔵されている。

時代を越えて伝わりゆく思い

大阪市立東洋陶磁美術館収蔵のコレクション
大阪市立東洋陶磁美術館収蔵のコレクション
詳細をご覧になりたい方はこちら

昭和55年(1980年)には、住友銀行が管理していた約1000点の貴重な東洋陶磁「安宅コレクション」を、住友グループ21社が協力して建物とともに大阪市に寄贈。世界でも数少ない東洋陶磁の専門美術館、大阪市立東洋陶磁美術館の誕生につながった。
「国家百年の事業を」。
歴代の住友総理事は、常々こう語ってきた。メセナ事業にあたっても、その思いは同じだったはずだ。
彼らが願った通り、皇居前の楠木正成像はいまなお強く手綱を引き、図書館や美術館は、大勢の市民に親しまれている。現在、多くのメセナ事業はグループ各社が中心となって行われているが、その思いは変ることなく受け継がれている。

住友史料館 住友史料館資料
「名品の履歴書」 構成・編集:住友史料館
住友史料館の前身は遠く明治20年(1887年)、大阪の本邸に専任職員を置き、家史編纂を開始したことに遡る。戦後も住友グループ各社の共同事業として継承され、昭和25年(1950年)には「修史室」と名称を改めた。
昭和62年(1987年)、現在の京都市左京区に移転し、「住友史料館」と改称。住友家および、住友グループ各社の事業史に関する諸資料の収集・整理・保存を専門におこなう私設の機関として、積極的な活動を続けている。
当館保管の近世史料は約3万点、近代史料は約6万点を数える。これらの史料を半永久的に保存・利用できるよう、必要な補修を実施し、目録を作成。整理作業の完了した史料は、順次、学術的な調査研究を目的とする方を対象に公開している。
住友史料館の詳細はこちら

明治から大正期にかけて建設され、現在までその姿を保ち文化財として貴重な価値を持つ住友グループゆかりの建築物をご覧になれます。また、現在の住友グループの礎を築き、工業の町新居浜を生んだ別子銅山。往事を偲ばせる関連遺産も紹介しています。

PageTop