大阪府立中之島図書館 特別対談

中之島図書館に生きる住友家貴重書

中之島図書館に生きる住友家貴重書

大阪府立中之島図書館には、住友が寄贈した数多くの絵巻物や古典籍が収蔵されています。日本の近世を生きた、商人と公家の世界が垣間見えてくる作品群について、大阪府立中之島図書館館長 野本康憲氏と司書部長 大北智子氏にお伺いしました。(インタビュー:住友史料館副館長・末岡照啓)

大阪府立中之島図書館 館長 野本康憲
大阪府立中之島図書館 館長
野本康憲(のもと・やすのり)
1979年4月大阪府入庁。総務部、企画調整部、商工労働部などを経て、2012年4月から現職。
大阪府立中之島図書館 司書部長 大北智子
大阪府立中之島図書館 司書部長
大北智子(おおきた・ともこ)
1979年6月大阪府入庁。平成20年~21年の府立中央図書館勤務を除き、通算30年余にわたり中之島図書館で司書として勤務。2014年4月から現職。

(記事中の人物の所属・肩書は掲載当時のものです)

近世古典籍の宝庫

左から末岡照啓氏、大北智子氏、野本康憲氏
近世古典籍の宝庫

末岡 :

中之島図書館といえば、古典籍のコレクションが非常に有名ですね。「古典籍なら、東の国会図書館、西の中之島図書館」と言われているのを耳にしたことがあります。

大北 :

私たち館員が言っているだけかもしれませんが(笑)。でも、実際、和古書は多いですね。大学を卒業して、ここに勤め始めて最初の仕事で書庫をチェックしていたら、教科書に載っている有名な本が、次から次へと出てきまして。あ、これもある、あれもあると。チェックするのがうれしくて仕方なかったのを覚えています。

末岡 :

いったいどれくらい所蔵されているんですか。

野本 :

明治初年より前に世に出された和古書と漢籍、約20万冊といったところでしょうか。

末岡 :

やはりすごい数ですね。

大北 :

古典籍といっても、当館には、室町時代以前の古い本は少ないですね。近世に入って商人が台頭してきたころの本が非常に多いのが特徴です。

末岡 :

なるほど。商人の町といわれる大阪の図書館としては、面目躍如といったところでしょうか。

野本 :

末岡さんもご存知の通り、これらの古典籍は、私たちが集めたものもありますが、商家や個人の方々からの寄贈によるものが非常に多いです。開館間もない明治後期から大正期にかけて、相次いでいただきました。ずっと蔵などに大切にしまわれていたものなのでしょうが、火災で焼失するリスクなども考えられたのかもしれません。住友さんが立派な図書館を建ててくださったから、あそこにしまっておいてもらえば、燃えることもあるまいと考えられたのではないでしょうか。

末岡 :

それを聞けば住友春翠(住友家15代当主:住友友純)も野口孫市(大阪府立中之島図書館を設計)も喜ぶでしょう。大阪には、商人が自ら学ぼうとする空気がありましたね。お上に頼ることなく、自分たちで知識を蓄え、また伝えていこうとする。だからこそ、商家は多くの書物を保管していたし、またそれを図書館に寄贈して、町の共有財産として還元しようとした。商売によって財を成した者の責務と考えられていたからでしょうね。春翠にも当然そうした思いはあったでしょうから、建物を寄付するだけでなく、多くの図書を寄贈することに躊躇はなかったと思いますね。

学問の都・大阪

G.V.ローン『オランダ記念貨幣誌』
『オランダ記念貨幣誌』
G.V.ローン
1723~1731年刊行
全4巻からなる赤革装丁の美本。大阪府指定文化財。
『フランス百科全書』
『フランス百科全書』
1768年刊行

大北 :

それにしても、住友家からいただいたものは、学術的に貴重なものが多いです。当館にとっても財産ですし、日本の近世研究にとっても非常に価値の高い資料です。

末岡 :

総計でどれくらいありましたか。

大北 :

明治36年から大正12年までの8回の寄贈で、2万6,902冊あります。

野本 :

開館当初にいただいたのが、この18世紀の蘭書の数々でした。分けても『オランダ記念貨幣誌』は、きわめて価値が高いとして大阪府文化財(典籍)の指定を受けています。

大北 :

この『オランダ記念貨幣誌』と、『フランス百科全書』は、扉に、当時の長崎オランダ商館長ファン・レーデ・トット・パルケレルから銅吹屋泉屋吉左衛門(6代友紀)に宛てた献呈署名があります。まさに歴史がそこに刻まれているわけで、驚くべきことです。

末岡 :

大阪が江戸時代からグローバル都市であったことがよくわかります。江戸時代、日本を訪れた外国人は、そう多くはありませんが、必ず大阪に足を運ぶのです。オランダ商館長ももちろんそうで、大阪に来られたときは、恒例として住友にも立ち寄られていたのです。重要な輸入品である銅の作成工程が見たいと。そのもてなしのお礼にといただいたもののようです。

野本 :

橋本宗吉の世界地図や、司馬江漢のエッチングなども興味深い作品です。

末岡 :

こういうのを見るにつけ、大阪には本当に学問が集まっていたことがわかります。それも発想が自由で伸び伸びとしています。

大北 :

お上のお仕着せではないことが感じられます。これも商人文化の影響でしょう。

橋本宗吉『喎蘭新訳地球全図』
『喎蘭新訳地球全図』
橋本宗吉
1796年刊行
大阪出身の蘭学者・橋本宗吉が、オランダの地図帳などをもとにして作成した東西両半球図。オーストラリア大陸の東側が不明瞭のため、書き込まれていない。
司馬江漢『両国橋』
『両国橋』
司馬江漢
1787年
日本で初めての銅版画。当時西洋で流行していた画法「眼鏡絵」で描かれている。

時代を映した美麗な絵巻物

野本 :

絵巻物もすばらしいのをいただいています。

大北 :

この『崎陽諏訪明神祭礼図』は、長崎のおくんちを描いたものです。ハイライトの龍踊りをはじめ、パレードの様子が描かれています。象や鯨がいたり、ベトナムのお姫様もいらしていて。ちょっと想像も入っているとは思いますが、にぎやかさが伝わってきます。長崎には住友の出店がありましたから、それでだれかに描かせたのではないでしょうか。

末岡 :

本当に鮮やかな色ですね。僕は長崎県の出身で、おくんちのことは、子どもの頃からよく知っています。長崎の博物館の方は、これを欲しがられるのではないでしょうか。

橋本宗吉『喎蘭新訳地球全図』
『崎陽諏訪明神祭礼図』
『崎陽諏訪明神祭礼図』
『崎陽諏訪明神祭礼図』
19世紀初頭
長崎のおくんちの行列を細密に描いている。

大北 :

そうですね。長崎歴史文化博物館はじめ、各地の博物館から特別展示のためによく借りにこられます。おくんちの祭礼の行列の全容を描いているものは他に余り例がないようで、研究者の間では価値が認められていましたが、一般の方々の目に触れることはほとんどありませんでした。2006年には、長崎の出版社から詳細な解説付きの複製本が刊行されています。

野本 :

この朝鮮通信使を描いた絵巻物も、かなり研究価値が高いものです。

大北 :

江戸時代の人々にとって当時の朝鮮は学問の宝庫でしたから、大阪の人は、こぞって朝鮮通信使の宿舎にいって、漢学などについての意見交換などをしていたそうです。これはその通信使の出立の様子を描いていて、ディテールまで非常に細かく描かれています。

末岡 :

住友は朝鮮ともまた関係が深かったのです。日本から朝鮮への輸出品は、住友と取引のある対馬藩がすべて取り扱っており、朝鮮輸出銅は別子銅に限られていました。ですから、朝鮮通信使が大阪へいらしたときは、文化的な交流がいろいろありました。

大北 :

なるほど、それでこの絵巻物を描かせたんでしょうね。先ほども述べましたが、長崎歴史文化 博物館の方がおいでになって、この絵について調べていかれました。実は韓国にもよく似た絵があるらしいです。日本で描かれたものがどう渡ってどう保管されていたのか、新しい研究が始まっているようです。

『延享年間朝鮮来聘使図巻』
『延享年間朝鮮来聘使図巻』
18世紀半ば
朝鮮通信使が大阪を出立するところを描いている。大岡春卜とその一派の作と見られている。

末岡 :

それはいいですね。私は住友の文物を管理する立場ですが、なかなかそこまでの調査研究はできません。とくに、寄付したものについては追跡できないので、そうした研究成果をお聞かせいただけると、私たちとしてもありがたい。

大北 :

「うちにこういうものがあるよ」と広報すると、日本各地の詳しい専門家が興味を持って、来てくださいます。それでまた知見を深めてくださって、新たな研究につながっていく。そういう循環が生まれるのは、私たちとしてもたいへんありがたいです。

習俗を伝える物語本

井原西鶴『好色盛衰記』
『好色盛衰記』
井原西鶴
1688年刊行
井原西鶴『日本永代蔵』
『日本永代蔵』
井原西鶴
写(1688年刊)
知恵と才覚で成功した町人たちの姿を列伝として描いている。

野本 :

寄贈いただいた本のなかで数が多いのは、和歌の本です。これは春翠さんのご実家の徳大寺家に旧蔵されていたものだと思われます。室町時代末期から明治年間までの歌集が、数多く所蔵されています。

大北 :

草子もの(物語本)もとても多いです。なかでも日本でこれ一つというのが、井原西鶴の『好色盛衰記』。家内向きの蔵書です。当時のベストセラーですが、ほとんどが読み捨てにされていて現存しているのはきわめて珍しいです。これは、当館の大阪府文藝懇話会で復刻させてもらいました。『日本永代蔵』は写本ですが、状態もよく残されています。

末岡 :

『日本永代蔵』には、住友のことが載っています。「銅山にかかりて、俄か分限(金持ち)になるも有り」と書かれているのですが、それがまさに住友のことを言っています。

大北 :

どうやってお金持ちになった。あるいはどう衰えていったかといったことが記された、いわば当時の経済小説です。

末岡 :

ビジネスマン向けの資料を多く扱っている中之島図書館のルーツのような本ですね(笑)。

大北 :

忘れてはいけないのが、開館時に購入して寄贈いただいた英語の辞典類や、大正期にいただいたドイツの技術書群。当時の最先端技術が紹介されていて、大阪の技師やビジネスマンは、たいへん重宝したそうです。これらの本は、中央図書館ができたときに、そちらに収蔵されることになりましたが。

野本 :

ちょうど第一次世界大戦直後でドイツ国内が混乱しているときに、買い集められたようです。そういう時期だったからこそ、いい本が安く手に入ったのかもしれません。

大北 :

住友さんに寄贈いただいた本には、すごく見識を感じます。書籍購入に当ててくださいとお金を寄付してくださった方は少なくありませんが、住友さんはただお金を出すのではなくて、それを生きたように使ってくださいと、専門の方を雇って購入するところまでしていただいています。

末岡 :

住友には、信用を第一として、質を求めるという文化があります。だから、書籍を購入するのでも、当時一流の学者を雇って、選んでもらう。そういうところがありますね。話はつきませんが、また機会を見て詳しくお聞かせください。本日はありがとうございました。

末岡照啓
末岡照啓
住友史料館副館長。 1955年生まれ。 1978年國學院大學文学部史学科卒。同年より住友修史室(史料館の前身)に勤務し、主席研究員を経て現在に至る。1997年より新居浜市広瀬歴史記念館名誉館長・特別顧問を兼務。旧広瀬邸・住友活機園・別子銅山産業遺産の文化財報告書等で歴史的意義を明示。住友の歴史に精通し、著書に『住友の歴史』(共著 思文閣出版)、『住友別子鉱山史』(共著 住友金属鉱山(株))、『近世の環境と開発』(共編著 思文閣出版)他多数。

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