清風荘

精緻な近代和風建築と、自然の造形を巧みに表現した庭園。清風荘の魅力を写真で綴ります。

近代和風建築の精華

近代和風建築

清風荘は、明治末期に首相を二度務めた元老、西園寺公望の京都別邸として用いられた建物である。公望は、公卿徳大寺家の出自で、清風荘は、徳大寺家の下屋敷であったもの。つまり生家である。公望の実弟で、住友家に養子入りしたのが、住友家十五代吉左衞門友純。その縁で、清風荘を住友家が譲り受け、友純が兄公望の住まいとして整備し、大正元年(1912年)に母屋が、3年までにその他の建物が完成した。吟味された良材と精緻な技巧が光る上質の建築と、のびやかな自然美を表す庭園で構成され、近代和風建築の精華の一つとの呼び声も高い。公望が没した後、昭和19年(1944年)に住友家から京都帝国大学へ寄贈され、現在も京都大学の“迎賓館”として、来訪者の目を楽しませている。

庭と一体となった端正な意匠

近代の数寄屋建築では、建物は、庭を愛でるための舞台としての機能に重きを置いている。清風荘のそれはまさに白眉で、いずれの座敷も庭に向かって大きな開口部を持ち、それぞれに違った表情を楽しめる。数寄屋建築の名匠、八木甚兵衛(二代目)の手によるもので、自然木の良材をさりげなく用い、作為的なところを感じさせないシンプルな意匠は、八木の真骨頂である。平成24年(2012年)、国の重要文化財に指定された。

数寄屋建築
自然木の良材

名園を五感で味わう

「庭園を手がけたのは、近代日本庭園の第一人者で後世に受け継がれる名園を多数作庭した七代目小川治兵衛(植治)。当時54歳と、脂の乗りきっていた植治の代表作だ。なだらかに広がる芝生の中を、池を眺めながら歩くことができる池泉廻遊式庭園で、建物前面に柔らかく起伏する芝生、緩やかに伸びる園路、豊かな水の表情、築山の背後に望む大文字山の借景など、「五感で味わう庭」を目指した植治の作風がよく表れている。昭和26年(1951年)、国の名勝に指定されている。

庭園
芝生の中

建築データ

竣工
1912年竣工(1914年までにすべての建物を整備)
設計・施工
二代目 八木甚兵衛
作庭
七代目 小川治兵衛(植治)
敷地総面積
12,535㎡
(昭和35年に京都大学女子学生寄宿舎に割愛した面積を含む)
建物
延1,453㎡
所在地
京都市左京区田中関田町2の1
重要文化財指定
1951年、庭園が「名勝清風荘庭園」に指定
2012年、建物一式が国の重要文化財に指定

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