住友が取り組む社会課題 ~未来への羅針盤~
コアコンピタンスである高分子材料技術を生かし、
自動車の電動化推進とカーボンニュートラルをサポート
持続可能な社会を実現するにあたり、大きな影響を与えるのがモビリティ、すなわち自動車をめぐる電動化の動きである。住友理工では、防振ゴム、ホースなど、従来の内燃機関(エンジン)を用いた自動車向け部品が事業のコアを形作ってきた。しかしながら、電動化の進展に伴い、こうした基幹製品の価値が下がる、あるいは使用部位によっては使われなくなる事態も想定され、ビジネスの継続において大きな課題となっている。
住友理工は、CASE(Connected=コネクテッド、Autonomous=自動運転、Shared & Services=シェアリングとサービス、Electric=電動化)の時代を見据えて新たに基盤となる製品を開発するため、2016年に自動車新商品開発センターを設立。2020年には、事業部の垣根を越えて開発を進めるために、複数あった開発部門を統合し、新商品開発センターとした。
CASEの4要素の中でも、とりわけゴムなどの高分子材料技術に強いという同社のコアコンピタンス(企業の活動分野において、競合他社では真似できない核となる企業能力)を生かし、A(自動運転)とE(電動化)に焦点を当てた製品開発に乗り出した。このうち電動化の取り組みは、いうまでもなく脱炭素に向けた課題解決にも直接的につながる。そしてこの文脈で開発し、2020年に製品化したのが薄膜高断熱材「ファインシュライト」である。
現状の電気自動車(EV)が抱える最大の課題は走行距離の制約だ。実用性をより高めるため走行距離を延ばすには、自動車の駆動以外に消費される電力を抑える必要がある。その視点で自動車を見たとき、EVには熱源となる内燃機関がないため、冬場の車内暖房に多くの電気を費やしてしまい、その分、走行距離にも影響を与えてしまう。
高分子材料による熱マネジメントを得意とする同社では、以前から放熱に関する開発を進めており、すでに車両用のモーターに使われる放熱材は製品化していた。しかし上記の課題に対しては熱を逃さずに有効利用する必要があったため、2016年に従来とは正反対の断熱というアプローチで研究開発をスタートさせた。
その過程で同社がたどり着いたのが、シリカエアロゲルという物質だ。いわゆる断熱材としてはさまざまなものが存在するが、EVにおける熱の有効利用のためにはさらに高機能な断熱材を開発しなければならないと同社は考えた。シリカエアロゲルは内部に微細な穴を数多く持つ構造で、穴が極めて小さいため熱対流現象が発生せず、非常に高い断熱性を有している。ただ、性能は優れているものの素材自体がふわふわの粉体のため扱いにくく、水に溶けにくい性質も相まって、そのままでは断熱材として製品化できなかった。
そこで同社はシリカエアロゲルを塗料化し、扱いやすさを高めることを発案する。粉状かつ水に混ざりにくい性質を持つ同物質を水に溶かすところでトライと検証を重ねた結果、同社が持つ高い材料技術で塗料化に成功し、「ファインシュライト」として製品化に至った。
「ファインシュライト」は断熱性が高いことに加えて薄く、軽く、柔軟であり、さらに低温から高温まで幅広い領域で使えるため、EVやプラグインハイブリッド車(PHV/PHEV)など電動化車両を構成するさまざまな部品に貼り付けて、車内外の熱の出入りを効果的に遮断することができる。これによる電気の有効利用で走行距離延長に寄与するのはもちろん、車内の快適性向上、車両火災などの緊急時における乗員の安全確保にも貢献する。いうまでもなく、モビリティの電動化推進でCO2排出を削減し、カーボンニュートラルの実現にもつながる。
さらに、「ファインシュライト」はモビリティ以外の用途でも活躍が期待されている。その一つが、工場設備のエネルギー消費抑制によるCO2低減だ。日本の工場は省エネの取り組みが進み、さまざまな排熱対策が実施されているものの、カーボンニュートラルの実現を想定するとさらなる改善が必要とされている。とはいえ工場設備の更新には大きなコストと手間が必要となるが、「ファインシュライト」は汎用製品としてシート状で提供されており、従来の設備に貼り付けるだけで排熱の抑制が可能になる。実際、高温になるアルミダイカスト保持炉の周囲に「ファインシュライト」を貼ることで、炉の表面温度を下げ、省エネとともに作業環境の改善ややけど防止などの安全性向上に取り組む工場の事例も出ている。
このほか、新型コロナウイルス感染症拡大で需要が増えたフードデリバリー用として、食品を温かいまま届けるため配達バッグの底に敷く温熱パッドや、反対に新型コロナウイルスのワクチンを定温で運ぶ輸送用ボックス、アウトドア向けのクーラーボックスなどで「ファインシュライト」の採用が始まっている。いずれも、薄膜高断熱性を実現したことにより、配達バッグやボックスの設計を変更することなく使用できるため、利便性の高さもポイントとなっている。
社会環境や生活様式が大きく変わり、モビリティも激変する中、同社は組織改革も含めて対応に取り組んでいる。部署の垣根を越えて開発に取り組む新商品開発センターは、従来のプロダクトアウト型中心の開発から、マーケットイン型にも対応可能な組織への変身にトライしているところだ。CASEについてはA(自動運転)の分野でも、ゴムの技術を生かしたスマートラバーの活用でセンシング関連の開発を進めている。これからも同社の強みを生かした製品・ソリューションにより、脱炭素、モビリティ電動化に限らず、多様な環境・社会課題の解決に貢献していく考えだ。