住友が取り組む社会課題 ~未来への羅針盤~
がん患者に希望の道を開く、画期的な医療機器が世界で初めて承認を取得
がんは依然として人類が直面している大きな課題である。とりわけ従来の方法では治療が難しいがんの克服は、高いハードルとして存在し続けている。しかしそうした難治性がん治療の課題も、最先端技術の活用によって解決が模索され、さまざまな取り組みが現実に動き出している。
がん治療では放射線・化学(抗がん剤)・外科(手術)が3大治療法とされる。このうち、放射線治療を受けた後に局所再発したがんは、がん細胞の周囲の正常細胞に悪影響を及ぼす懸念から放射線治療を再び行うことは難しい。そんな中、照射は1回、一度放射線で治療した部位にも適用可能という画期的な放射線治療法が生まれている。「ホウ素中性子捕捉療法(BNCT : Boron Neutron Capture Therapy)」と呼ばれるこの治療法を実現する、世界初の医療機器を製造・販売しているのが住友重機械工業だ。
BNCTは、がん細胞に取り込まれやすいホウ素(Boron)化合物の薬剤を患者の体内に投与し、外部から中性子線を照射。これによりホウ素と中性子が核分裂反応を起こし、がん細胞を破壊するという治療法だ。従来の放射線治療とは、中性子を利用すること、薬剤と組み合わせて使うことの2点で大きく異なる。
中性子をがん治療に用いるアイデア自体は、中性子の存在が証明された1930年代から考えられていた。日本でも1968年、特定の元素を取り込んだがん細胞に中性子線を照射する中性子捕捉療法の臨床研究が始まっている。その後、上述のホウ素化合物も開発され、研究が進められてきた。ただ、中性子を発生させるために原子炉が必要であったことから、医療施設への普及という点では現実的に高い壁が存在した。
この壁を突き崩したのが、住友重機械工業が開発した小型のBNCT用加速器(サイクロトロン)である。
同社では、サイクロトロン自体は1970年代前半から開発していた。当初は大学や研究機関向けの物理研究用として開発したものだったが、その後、医療用としての応用が期待され、1980年代以降、がん診断のPET(ポジトロン断層撮影法)や陽子がん線治療システムなどに用いるサイクロトロンを開発・提供してきた。
医療用サイクロトロン開発で培った知見を活かしつつ、水素の負イオンを発生させるイオン源を装置の外に出すことで小型化と大電流化を実現。さらには陽子ビームをターゲットのベリリウムの金属板に当てる際、板が高熱で破壊されるのを防ぐため、陽子ビームを円軌道上で動かしベリリウム板表面の熱集中を避ける、冷却水をスパイラル状に効率的に循環させる、内部がビームの影響を受けにくいようにベリリウム板の厚みをコントロールするといった工夫も加えた。
さまざまな試行錯誤の末、サイクロトロンを用いた小型BNCT治療システム「NeuCure®(ニューキュア)」の開発に成功。巨大な原子炉が不要になり、病院などにも設置することが可能となったこのシステムの1号機は、2009年、システムを共同開発した京都大学原子炉実験所(現・京都大学複合原子力科学研究所)に納入された。以降、2015年に福島県郡山市の総合南東北病院、2019年には大阪府高槻市の大阪医科大学(現・大阪医科薬科大学)にも同システムを納入し、治験を進めてきた。
そして2020年3月、「NeuCure®」は厚生労働省から新医療機器として製造販売承認を取得するに至る。BNCT用医療機器が承認を受けたのは世界で初めてのことだ。さらに同年6月には、頭頸部がんに対するBNCTの保険適用が認可され、総合南東北病院の南東北BNCT研究センター、大阪医科薬科大学の関西BNCT共同医療センターで治療がスタートしている。
現時点での適用は、頭頸部がんの中でも手術や放射線治療、化学療法など標準治療を経て再発し、切除不能ながんを対象としている。脳腫瘍(再発悪性神経膠腫)への使用についても先駆け総合評価相談を実施中である(2021年12月時点)。また、今後も一人でも多くの難治療患者の期待に応えるため、BNCTの適用拡大、さらには日本国内にとどまらず世界への展開を目指していく。