住友が取り組む社会課題 ~未来への羅針盤~
手指の麻痺を残さないための新世代リハビリ、AIとロボットが手指の動きをサポート
2022年4月に大日本住友製薬から社名を変更した住友ファーマは、これまで製薬会社として、医薬品を提供することで疾病の治療に貢献してきた。現在は、主力の精神神経系の薬剤に加えて、がん領域や再生・細胞医薬分野の研究開発、さらに未病や治療後のケアまでを含めたフロンティア事業へと事業領域を拡大している。フロンティア事業では、治療だけではなく疾病予防から診断、治療、介護、社会復帰までのいわゆる「ペイシェントジャーニー」をトータルでサポートすることを目指す。医薬品による治療だけでない非医薬のソリューションを組み合わせることで、人々の健やかさを守ろうという考えである。
疾病の治療前後に当たる予防や社会復帰のフェーズについては、住友ファーマで培ってきた医薬品事業の技術やノウハウに加えて、非医薬の技術や知見が求められるケースが少なくない。住友ファーマは2019年4月に、専業部門としてフロンティア事業推進室を設立し、非医薬の各種のソリューションの創出や提供を効率的に推進する体制を整えた。
フロンティア事業推進室では、認知症やうつ、運動機能障害などの診断、治療、治療後の介護といった分野に特化してソリューション開発を進めている。2022年9月には、同推進室から初の製品として手指運動のリハビリテーション機器の市販提供を開始した。独自の生体信号処理とロボット技術を用いて医療機器やアバターを開発するスタートアップ企業のメルティン MMI(以下、MELTIN)との協業による「MELTz手指運動リハビリテーションシステム」(以下、MELTz)だ。回復期リハビリテーション病棟が主な販売先である。
MELTzの市販提供に至った背景には、疾病の後遺症として麻痺が残る患者が多いことが挙げられる。厚生労働省によれば、脳卒中の患者は累計で120万人を超え※1、脳卒中は日本人が「要介護」になる原因の2位、「寝たきり(要介護4、同5)」になる原因の1位を占める※2。脳卒中などを原因とする麻痺は、リハビリテーション(リハビリ)によって回復が期待できるが、その優先順位は歩くための足、食事をするための嚥下機能が高く、手指のリハビリは優先順位が低いのが現状だという。実際には、麻痺のある状態でも食事や着替え、トイレなどで手を動かす必要性は高いが、限られた時間で行われるリハビリ期間の中で後回しになるケースが多い。
一方で、高度なリハビリを実現するために、ロボットリハビリテーションが近年注目されている。手指は動きが複雑なため、これまではロボットリハビリテーションの導入が難しい部位だった。そこで住友ファーマはMELTINの技術を使って、手指に特化したロボットリハビリテーションの装置を開発して、市販提供にこぎつけた。
MELTINと共同開発したリハビリテーションシステムのMELTzでは、生体信号の中でも運動神経に伝えられる筋電に着目した。筋電は電極を貼り付けることで皮膚の表面から容易に取れる。患者が手を動かしたいと思うときに脳から出た指示に応答して前腕で発生する微弱な筋電信号を、AI(人工知能)を用いた独自技術でリアルタイムに解析することで、「グー」「パー」といった意図を推測。手指に装着したロボット装置が連動し、意図に応じた動きをアシストすることで、脳や神経に手指の動かし方を再学習させる。ロボット装置は手指の外側に装着する形状で、手のひら側に装置がないことから、物をつかむトレーニングなどにも有効だ。麻痺によりまったく筋電が出ていない場合にも、ロボット装置が手指を動かすパッシブ型のトレーニングに活用できる。
MELTzをリハビリで使って患者の意図と同時に手指を動かすことは、再学習に効果的だというエビデンスが得られつつある。住友ファーマでは、エビデンスをさらに積み重ねながら、医療機器としてMELTzのリハビリの現場への普及を目指す。こうした先端医療技術の進化は、住友ファーマが考える「人々の健やかさ」の一部を支えるもの。脳卒中などによる麻痺で手指が動かない患者を増やさないことを第一としながら、麻痺が生じても、MELTzのようなロボット装置を活用して速やかに適切なリハビリを行い、健やかな暮らしを取り戻せるように貢献していく。