人類の歴史において常に生命を脅かし続ける感染症。日本では既に縁遠く感じられるマラリアも、世界的に見ればアフリカを中心に依然として年間2億人を超える患者を出している。WHO(世界保健機関)の資料によれば、2018年の推定死者数は40万5000人で、その94%がアフリカ、67%が5歳未満の子どもだ。
マラリアはハマダラカという蚊によって媒介される。マラリア防除用の殺虫剤というと日本では終戦後、米軍が使用したDDT(有機塩素系殺虫剤)のイメージが強いかもしれない。DDTは衛生状態が悪かった当時の日本でシラミやマラリア蚊の防除に活躍したものの、環境問題が指摘され、現在は多くの国で製造・使用が禁止されている。
住友化学は半世紀前からベクターコントロール、すなわち熱帯感染症を媒介する蚊の防除対策に本業で取り組み続けている。同社はもともと戦前、肥料の製造から社業を始め、その延長で殺虫剤の技術も進化させてきた。長年培われた技術を基に生まれた画期的な製品が、マラリアを媒介する蚊に有効な防虫剤を練り込み、1990年代後半に開発した長期残効性防虫蚊帳「オリセット®ネット」だ。同製品は工場向けの虫除け網戸の技術を基にしたもので、技術自体は以前からあったが、1990年代に「マラリア防除に応用できないか」とのアイデアが社内から上がり、製品化に向かったという。
SDGsの前身であるMDGs(ミレニアム開発目標)ではマラリアのまん延防止が掲げられており、同社は当時から「オリセット®ネット」の配布を様々な国際団体を通じて続けてきた。同製品は2001年、世界で初めて長期残効性の蚊帳としてWHOの認証を取得し、マラリア患者の多いアフリカを中心に普及が進んだ。マラリア防除向け製品としてはこの他に室内残効性スプレー(IRS)も開発し、普及に力を入れてきた。IRSは、人を刺したあと壁にとまるハマダラカの習性を利用し、壁にあらかじめ噴霧しておくことでハマダラカを駆除する製品だ。
こうした製品の貢献もあり、世界のマラリア罹患率は2010年にかけ低下していったものの、2014年ごろから特にアフリカで再び増加の傾向を見せ始めた。その原因の一つとして、従来使われてきた殺虫剤成分に対し、一部地域の蚊の抵抗性が増したことが報告されている。このことから同社は、新たな有効成分を含有したIRS「スミシールド™50WG」の開発に着手、2017年にはWHOの認証を取得し、2018年にアフリカ各国での供給を開始した。
同製品は壁に適量をムラなく噴霧することが必要であり、正しい使い方を現地で伝えることも重要な業務。そこで社員がアフリカに赴き、技術指導とパッケージで普及を進めている。現在は数量を増やし、普及を加速させるフェーズに入っているという。住友化学はこれ以外にも、同様に蚊が媒介するデング熱・ジカ熱対策用の幼虫駆除剤「スミラブ®2MR」など、熱帯感染症予防に効果を発揮する製品を数々リリースしている。本業を通じ、アフリカをはじめとする世界の人々の健康にこれからも貢献していく考えだ。