住友と共創 ~ビジョンを描く~

住友ベークライト

プラスチックも植物由来に、グリーンケミカルズが革新的ブレークスルーに迫る

カーボンニュートラル実現に向けた新たな挑戦が、化学業界でも進んでいる。半導体用封止材のトップメーカーであり、自動車向け樹脂や医薬品包装用フィルムなどを主力事業とする住友ベークライトは、「植物由来の材料」からプラスチックを作り出すという世界が注目するブレークスルーに挑んでいる。

住友ベークライトが植物由来の原料からプラスチックを生み出す研究に乗り出したのは2010年にさかのぼる。同年2月に、公益財団法人地球環境産業技術研究機構(RITE)と共同で「グリーンフェノール・高機能フェノール樹脂製造技術研究組合」(GP組合)を設立。食べられない(非可食な)植物資源から得られる糖分を原料とし、バイオプロセスによって、フェノール樹脂などの製造につなげる基盤技術開発に乗り出したのが発端だ。

その後、GP組合は「グリーンフェノール開発株式会社」(GPD)に組織変更し、GPDで生産技術を確立した後で、事業化を目指して2018年4月に商号を「グリーンケミカルズ株式会社」(GCC)と変更した。

「糖分+微生物=化合物」。決め手は遺伝子組み換え細菌

バイオプロセス技術の核心は「微生物の活用」にある。グリーンケミカルズは、RITEが遺伝子組み換え技術を駆使して開発した微生物「コリネ型細菌」を活用する。植物由来の糖分から目的の化合物を効率的に生産すべく研究開発したという。

プロセス

プロセスとしては、まず植物由来の原料から糖分を抽出し、それを微生物に与える。微生物は糖分を代謝し、目的の化合物――フェノール樹脂の素材となる「フェノール」など――を作り出す。これは人間がブドウ糖を摂取して体内で様々な物質に変換するのと似た原理だ。

コリネ型細菌を用いたバイオプロセスでは糖を添加しても増殖せずに、有用物質のみを生み出すという。しかも化学生産プロセスと異なり、高温・高圧にするなど大量のエネルギーを消費する必要もない。常温・常圧という条件下で、有用物質だけを生産する。エネルギーが不要で環境に負担をかけないとなると、これは夢のようなバイオ技術だといえるだろう。

祖業の「フェノール樹脂」も植物由来で

住友ベークライトはグリーンケミカルズを通じて現在、①フェノール、②4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)、③シキミ酸、④プロトカテク酸の、4つの化合物の生産に注力している。

①フェノール、②4-ヒドロキシ安息香酸(4-HBA)、③シキミ酸、④プロトカテク酸

第1のフェノールは、ホルムアルデヒドを重合することで、耐熱性が他の樹脂よりも高い熱硬化性のフェノール樹脂となる。フェノール樹脂は熱と衝撃に強い樹脂として使い勝手が良いプラスチック素材だが、一度形成されると熱を加えても再形成できないという難点がある。つまり、破砕して溶かすことができないため、リサイクルが困難になるのが課題だった。だが植物由来のフェノールを使用すれば、最終製品のカーボンフットプリントを低減することが可能になる。

しかも、フェノール樹脂は住友ベークライトにとっての“祖業”でもある。これを植物由来の原料で作り、化学生産したものと代替していくのが同社にとっての長期的な目標なのだという。

②の4-ヒドロキシ安息香酸は、液晶ポリマーの製造に欠かせない化合物だ。液晶ポリマーは、パソコンやスマートフォンのコネクタ部分など、高い寸法安定性が求められる部品に使用される高機能な樹脂である。グリーンケミカルズが扱う植物由来の化合物としては最も実用化に向けた取り組みが進んでいる。

③のシキミ酸は、抗インフルエンザ薬などの原料として知られる。従来はハッカク(八角)などの植物から抽出されてきたが、気候変動による収穫量の変動や、抽出工程ではエネルギー消費が必要になるなどの課題があった。微生物を用いる生産方法なら、こうした課題が解決する可能性がある。

④のプロトカテク酸は、薬用植物などに見られる天然のポリフェノール抗酸化物質だ。抗菌や抗ウイルス、抗癌、抗炎症、抗老化、抗動脈硬化など、多様な薬理的有効性を持つのが特徴だ。化粧品原料や接着剤の添加剤としても利用されているという。従来の化学合成品と同等の機能を持つため、これを植物由来にできれば付加価値として市場に訴求できる可能性が高い。

こうした化合物を作るために必要な植物原料は、どのように調達するのか。これには食品廃棄物の有効活用などを視野に入れている。例えば、みかんなどのジュースを製造した後に発生する搾りかす。糖分が多く含まれる柑橘系は、原料として利用しやすいという。食品残渣などを活用する取り組みが進めば、廃棄物の削減と原料の安定確保という2つの課題に対する解決策となりうる。

ただ本格的な事業化に向けては、まだまだ課題も多い。最も高いハードルは、植物由来のプラスチック製品は誰もが「素晴らしい」と思っていながら、従来の化学合成品と比べて一般的にコストが高くなる点だ。フェノール樹脂を使う自動車部品などは、大量かつ低コストでの調達が不可欠なため、植物由来のフェノール樹脂に切り替えようとの機運は低迷気味だ。

さらに、樹脂を大量生産する場合には、食品廃棄物を使っても必要な植物性の原料を安定的に確保することが現状では難しいという。他の植物素材を使う場合でも、気候条件によって収穫量が変動することもあり、また別の用途に使う製品などとの競合もあるからだ。

量産化技術の確立も課題だ。実験室レベルでの生産から、大量消費に対応できる工業的な大量生産への移行には、解決すべき多くの技術的課題がある。

こうした課題に対して、グリーンケミカルズは段階的にアプローチしていく構えだ。まずは高機能材料分野などコスト許容度が比較的高い市場での実績を積んで、徐々に大量生産品への展開を図る、という道筋をつけようとしている。

グリーンケミカルズの幹部は「将来的には、石油由来の原料から作られている化学製品を、100%植物由来の原料に置き換えたい」との目標を掲げる。達成は容易ではないが、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、技術開発と市場開拓を着実に進めていく構えだ。住友ベークライトとグリーンケミカルズは、化学産業が持続可能な製造プロセスを確立していくための一歩を着々と積み重ねている。

 ジャーナリスト三河主門が住友のDNAを探る
住友ベークライトの主力事業である「フェノール樹脂」。これが同社の“祖業”だと記事中に書いた。フェノール樹脂は1907年に米国の化学者レオ・ベークランド博士が初めて化学合成樹脂として開発し、「ベークライト」という商品名で販売した。当時の日本で、その「専用特許権」を1911年に取得したのが三共合資会社(現・第一三共)だった。その後、事業を継承するために「日本ベークライト」が1932年に設立された。
日本ベークライトはその後、住友グループの合成樹脂成形事業の住友化工材工業を1955年に合併し、ここで「住友ベークライト」が発足。その経営理念には「我が社は、信用を重んじ確実を旨とし、事業を通じて社会の進運及び民生の向上に貢献することを期する」とある。植物由来の化合物を用いてプラスチックを生み出し、化学製品に代えていこうとの意気込みは、住友精神を如実に受け継いでいる。
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