つぼいひろきの住友グループ探訪
三井住友建設 別埜谷橋
別埜谷橋は、徳島自動車道土成IC~脇町IC間の阿波市域に位置する長さ27.5mの橋。
高速道路本線橋では、世界初の構造が採用されている。
別埜谷橋は、徳島自動車道土成IC~脇町IC間の阿波市域に位置する長さ27.5mの橋。
高速道路本線橋では、世界初の構造が採用されている。
今ボクは、四国・徳島を東西に走る「徳島自動車道」の中間点あたりにやってきている。片方には急峻な山々がそびえ、もう片方には田畑が広がる、実にのどかな風景だ。のんびり車で走っているだけでは見落としてしまいそうだが、実はこの一角では、世界初となる画期的な「橋」の建設が進められているのである。
日本全国には約72万本の橋があるという。その数に圧倒されるが、「橋の50%が何らかのメンテナンスを必要としている」と聞くと、がぜん深刻な響きを帯びてくる。日本初の高速道路が誕生してから半世紀以上が経過した今、国の発展を支えてきたこの重要なインフラは、急速に進む老朽化という問題に直面しているのだ。
老朽化の一つの原因は、他ならぬ鉄筋だ。コンクリートを補強するために欠かせない鉄筋だが、海から飛んでくる塩分や、冬に散布される凍結防止剤の塩分によって、時間の経過とともにサビついてくる。このサビこそが、橋にダメージを与え、コンクリート片の剥落などによる災害を招く「橋の大敵」。サビない橋の実現は、インフラ業界の悲願と言える。そんなサビとの戦いのまさに最前線が、ここ徳島の「別埜谷橋」なのである。
サビない橋をいかにして実現するのか? 別埜谷橋には、三井住友建設が西日本高速道路と共同で開発した「Dura-Bridge(デュラブリッジ)」という技術が採用されている。いくつもの画期的な技術が組み合わせられて誕生したデュラブリッジだが、まずポイントとなるのは「鉄筋を一切使用していない」ということだ。
「デュラブリッジには、鉄筋の代わりに『アラミドFRPロッド』という素材が補強材として使用されています」と説明するのは、三井住友建設・別埜谷橋作業所の藤岡泰輔さん。藤岡さんが取り出したのは、シャンパンゴールドのような淡い輝きを放つ棒状の物体だ。ブロンド女性を思わせる、しなやかな「アラミド繊維」(実際には髪の毛より細い!)を束ねたものだが、わずか直径7.4mmのロッドでも自動車4台(約8t)を吊り上げることができるという。鉄筋の6倍もの強度を持ちながら、どんな環境でもまったくサビることがないというこのアラミドロッドの美しさとタフさに、ボクは驚きを禁じ得なかった。
アラミドロッドの開発の歴史は意外と古く、1980年代にまでさかのぼる。これまで橋梁に実装されてこなかったのは、ひとえにお金がかかるからだ。「1990年に、試験的に工場内で橋をつくってみたところ、普通の橋の5倍ものコストがかかってしまったんです」と苦笑する藤岡さん。しかし、それから30年のあいだに、サビない橋へのニーズはますます高まっていった。そこで、なんとかコストを抑えながらアラミドロッドを使った橋をつくれないかということで開発されたのが、デュラブリッジなのだ。
コストダウンのポイントのひとつは、「高強度繊維補強コンクリート」を採用したこと。「特殊な繊維を混ぜ込んで、通常のコンクリートの3倍以上の強度を実現したコンクリートを使用することで、補強材としてのアラミドロッドを使う本数を抑えることができるのです」(藤岡さん)
さらに、決定打となるのが「バタフライウェブ構造」だ。ウェブとは橋の側面にあたる部分。一般的な橋では「壁」のようになっているが、バタフライウェブ構造では、「蝶」のような形状のパネルを並べる。見た目どおり、使用するコンクリートが少ないぶん、アラミドロッドも減らせるというわけだ。「一般的な橋と比べて、1~2割の軽量化が可能です。橋の設計は、1、2パーセントの軽量化を実現するのにも非常に苦労する世界なので、これは画期的なことなんですよ」と、藤岡さんは胸を張る。
こうした様々なイノベーションが結実し、デュラブリッジの建設コストは、一般的な橋の1.5倍程度にまで抑えることが可能だという。「一般的な橋の場合、建設後のメンテナンスのコストが建設費用の2~3倍ほどかかります。その点、サビることのないデュラブリッジは、メンテナンス費用を大幅にカットできるため、従来の1.5倍の建設コストなら十二分にペイすることができるのです」(藤岡さん)
現実的なコストを実現したことで、広範な普及が期待されるデュラブリッジ。別埜谷橋は、世界で初めて高速道路の本線橋にデュラブリッジが採用されるケースとなる。工事現場では、はるばる滋賀県の工場から輸送されてきた橋のパーツ(セグメントと呼ぶ)が架設されている真っ最中。この工事で得られた知見が、今後の展開に生かされるのだ。強くてサビない次世代の橋が、この場所から世界中に広がり、安心・安全な社会を支えていく……そんな未来を想像して、思わず胸を熱くしたボクだった。
別埜谷橋の工事では、遠隔の工場で製造されたブロックを現地に輸送して組み立てている。現地での作業を省力化することで、工事の効率もぐんとアップ。
羽をひろげた蝶をヨコに並べたようなイメージの「バタフライウェブ構造」。コンクリートの重量を低減できることに加えて、構造面でも力の流れが明確になるので効率的に補強しやすく、全体としてアラミドロッドの使用本数を抑えることができる。さらに、維持管理の上でもメリットが。橋のメンテナンスには、日常的に橋桁の内部に入って点検を行わなくてはならない。その際、バタフライウェブ構造なら外光が入るため、安全に作業を行うことができるのだ。
ビジネスに「理想と現実」はつきものです。こうしてみたい、ああしてみたいと夢を膨らませたものの、実際にプロジェクトが動き出すと予算とコストのバランスに苦しみ、なかなか思い描いた通りにはいかないもの。しかし、この「デュラブリッジ」は「サビない橋」という理想を追い求めつつも、素材や構造を研究し、工夫をこらすことで現実的なコストにまで抑え込むことも成功しました。こうした血(あるいは知)と汗の結晶が広がっていくことで、世界は少しずつよい方向に向かっていくのだと感じました。