つぼいひろきの住友グループ探訪
住友林業
筑波研究所 新研究棟
2019年秋に竣工。実質5階建ての高さを持つ木造3階建て。
柱の表面が燃えても建物が倒壊しないように設計する燃えしろ設計を採用。
木の空間や緑化など、多様な研究開発と検証を行っている。
2019年秋に竣工。実質5階建ての高さを持つ木造3階建て。
柱の表面が燃えても建物が倒壊しないように設計する燃えしろ設計を採用。
木の空間や緑化など、多様な研究開発と検証を行っている。
建物の外周は緑にあふれ、中に入ると大きな市松状の木の壁を仕切りに広々としたギャラリーが広がる。ここは住友林業筑波研究所の新研究棟だ。世界でも数少ない木の総合研究所だという。「住友林業は、植えて育てた木を材料に昇華して建築として長く使い、廃材や未利用材は木質バイオマス発電に活用するなど、全事業で木をいかに活かすかを考え、木のバリューチェーン『ウッドサイクル』を回す、世界でもまれな企業です」と語るのは、案内してくれた住友林業筑波研究所参事・技師長の中嶋一郎さんだ。
住友林業は1691年、愛媛県新居浜市の別子銅山の開坑時に、製錬のための燃料や坑木に使う木材の調達を担った「銅山備林の経営」から始まった。過度な伐採と煙害によって周辺の森林が荒廃の危機を迎えたことをきっかけに森を再生させる大造林計画を1894年に樹立し、山を緑にかえてきた。「環境を守りながら事業を展開することを当たり前にやってきました。それが住友林業の精神であり、その一員であることに誇りを持ちながら私たちは仕事をしています」(中嶋さん)。その哲学の中で生まれたのが環境木化都市づくりだ。木は光合成によって大気中のCO2を吸収し、炭素として取り込む。「木造の建築が広がれば、あたかも街を森にかえるような状況になります。そんな環境木化都市づくりを目指しながら、研究や技術開発を進める拠点が、新研究棟です」(中嶋さん)
例えば木造ビルを建てるには強い木が必要になる。強い木をつくるための技術の1つがゲノム選抜育種だ。通常、品種改良は長い年月を要するが、苗木の段階でDNAを抽出して解析し、成長が早く材質などに優れている精英樹を選別するための予測モデル開発に取り組んでいる。一方、2000年には組織培養、いわゆるクローン技術を確立した。豊臣秀吉が「醍醐の花見」を催したことで知られる京都市・醍醐寺の「太閤しだれ桜」をはじめ、絶滅の危機にある日本各地の名木・貴重木をクローン技術で次世代につなげている。そのほか、材料の加工法や、建築の耐震・耐火性能、木材由来の環境にやさしい生分解性プラスチックなど、筑波研究所で行われている研究開発の分野は多岐にわたる。
筑波研究所では、W350計画(創業350年となる2041年に環境木化都市の実現を目指す研究・技術開発構想で、現在は長期ビジョンMission TREEING 2030に集約している)を1つのターゲットとすることで、研究の機軸を明確化している。新研究棟は木の価値向上の研究開発拠点として、実験の場にもなっているという。企画グループチームマネージャーの磯田信賢さんに案内してもらった。ギャラリーの市松状の壁には、中大規模木造建築を支える新しい技術であるポストテンション耐震技術が使われている。壁柱に鋼棒を通して締め上げることによって地震のときにかかる横からの力に対する抵抗力を高めている。新研究棟は木造3階建てだが、建物の総高さは15mを超えている。平均階高を3mとすると5階建て規模の建物になる新研究棟に、中大規模木造建築の可能性を開く技術検証として採用されている。「この技術はすでに上智大学の15号館にも活用されています」と磯田さんは説明する。エネルギーの活用では、自然の光や風を取り入れる設計や、冷暖房には木材燃料を活用することで、ZEB(ゼロエネルギービル)を目指しているそうだ。
建物の一角には植物がみずみずしい緑の葉を広げているが、これも緑化に関する実験・検証の1つだ。天窓(トップライトの下)に特殊な形状のルーバーを設置。研究所のあるつくば市の緯度と経度に合わせて毎日安定的に光を緑に落とす仕組みだそうだ。日照不足分はLEDで補足して樹木の生育環境を調査検証中だ。植物や緑の多い環境が働く人にどのような効果があるのかなど、心理面、生理面のデータ検証なども行われている。屋上庭園では、風に飛ばされない屋上緑化システムの実験も進んでいる。樹高2mを超える木々があるが、なんと地面は浅いところで深さ15cmほど!
薄層土と貯水槽の2層パレットで育て、高層での風や潅水、日射、防水を含めた緑化技術を開発中だ。その隣には2色になっているベンチが置かれている。一方には研究所が開発した木の質感を保ちながら劣化を防ぐ木材保護塗料を施してある。塗料でここまで木の日焼けを防げるのかと驚くほどの違いで、「劣化抑制効果は一目瞭然です」と磯田さんは話す。屋上庭園の横のホワイエには、木のオブジェがふわりと浮かんでいる。「集中力の向上やリラックス効果など木の効用を手軽に付加できる作品として、ミラノデザインウィークに出展したものです。実際のオフィスで実証実験を行っています」(磯田さん)
住友林業は2022年に長期ビジョン「Mission TREEING 2030」を発表し、その事業方針の1つに「森と木の価値を最大限に活かした脱炭素化とサーキュラーバイオエコノミーの確立」を掲げている。まさにこの新研究棟で行われている研究や技術開発が、国内林業の活性化や街の木造化・木質化を進め、循環型経済システムの確立と社会の脱炭素化につながっていくのだと感じた。
木の柱や梁を意匠として見せるダイナミックなギャラリーの空間一つを挙げても、オリジナル木材保護塗料S-100による工事中の木部の汚れ防止や全館避難安全検証法による大臣認定の取得など、建物が出来上がるまでにさまざまなハードルがあったはずだ。新研究棟は、建物の随所にそうした挑戦の数々と検証が詰まっていた。「持続可能な資源である木材をいかに活かしていくか」というテーマに研究者たちは挑戦し続けている。