インターカレッジ・ネゴシエーション・コンペティションを通して

お互いの価値観を認め合う社会へ

熱気あふれる学生の戦い

「交渉学」実践の場として

他大学のチームと対峙して、自分たちの利益を守るために弁を尽くす

「昨年取り交わした基本合意書を一度破棄して、新たなものを作り直したいと私どもは考えているのですが、異論はございませんか」
「ちょっと待ってください。そこは副社長の私から一言いわせていただきたい」

真剣なまなざしが交錯する会議室。ときに鋭く、ときに柔らかな言葉が飛び交い、レッド社とブルー社が落としどころを探り、交渉を重ねます。
ここは上智大学のキャンパス。交渉にあたる「社員」はすべて現役の学生です。
「大学対抗交渉コンペティション」は、文字通り、大学同士が交渉の技術を競うコンペティション。主に企業間の法律問題が題材として提示され、参加者は仮想企業の役職者など重要ポストの社員となり、自社にとっていかに有利な論争を展開できるかで勝負します。学生の多くは将来のリーダーと嘱望される逸材で、大学のゼミや講義で交渉の理論とスキルを学んでいます。

交渉は教育できると語る大阪大学野村美明教授

たとえば、よく企業の交渉のなかで見られる「顔を立てる」行為は、利害を分析して、長期的な利益、あるいは別の利益を得るための立派な交渉の一手法で、「繰り返しゲーム」という理論で説明できるといいます。一回しか会うことのない相手に対しては、徹底して自分に有利な条件を押し通そうという思いが働きがちですが、政治やビジネスの場では一度かぎりの取引というケースはまずなく、業界内での評判や名誉を重んじて、その次に同じ相手と交渉するときは、前回顔を立てたことを交渉の材料にする、という具合です。
「交渉の達人といわれる人が、直感的に身につけている考え方やスキルを、体系的に教えていこうというのが交渉教育。私が教えている学部の学生でネゴシエーションの講義を取っている学生を、試しに社会人3、4年目の人と交渉させてみると、1学期ではまったく相手にならなかったのが、2学期になると堂々と渡り合えるようになるのです」
と、交渉コンペティションの発起人の一人で、大阪大学大学院国際公共政策研究科の野村美明教授は笑みをこぼします。

プライドをかけた真剣勝負

そうした学習の成果を出し合う、いわば他流試合として交渉コンペティションは、重要な位置を占めています。
毎年12月に行なわれる交渉コンペティション。テーマが発表されるのは本戦の2カ月前の10月で、多くのチームは、そこから連日、どのように交渉するか、相手のどこを突いていくか戦略を立て、具体的なプレゼンテーションを組み立てていきます。対戦当日が近づくにつれ、学生たちの表情はすごみを増し、激しい言葉の応酬となることも。
「かつては交渉の演習を受けても、その演習の期間が終われば、それで終わり。自分たちがどう成長できたかを確認する機会もありませんでした。しかし、交渉コンペティションが始まって以来、学生たちは、自分たちの力を発揮する機会を得て、大いにモチベーションが高まりました。しかも自分たちの力を評価してもらうことができ、正しい自信も生まれています。教員である私たちも交渉は教育できるのだという自信を深められ、意を強くしました」

授賞式の様子。大学名が呼ばれるたびに歓声が沸き上がる

住友グループは、この交渉コンペティションを、2002年の第1回からサポートしています。審査員として現役社員を多数派遣し、企業人としての立場からの評価やアドバイス提供で協力しています。 「住友グループをあげて協力してくださっているのを目にして、弁護士会や官僚、他の企業の方々も積極的に審査員やオブザーバーを引き受けてくださり、非常に多様な人々の目が注がれる場になっています。それだけに学生たちも力が入り、交渉自体はシミュレーションであるにも関わらず、まさに真剣勝負が展開されるのです」表彰式で初めての入賞に喝采をあげるチーム、連覇を逃したことで涙を流す学生。大学のプライドをかけた「交渉のインカレ」の熱気は、年を追うごとに高まっています。

交渉の出発点は多様性への気づき

利害は交換できる

対戦の直後、審査員の評価を聞く学生。厳しい意見も飛ぶ

土曜日のラウンドAは「仲裁」、その夜、懇親会を挟んで、翌日ラウンドBの「交渉」に臨みます。
仲裁とは合意に基づく私的な裁判を意味し、ディベート(討論)形式で行われます。
ここでは、初めて出会った対戦者と妥協せず、自分の利益を100%確保しようと相手の主張をつぶすために丁々発止のやりとりを繰り広げます。
一方、二日目の交渉ラウンドでは、お互いの妥協点を話し合いで見いだしていきます。
「現実の交渉の場面では、ディベートを伴う局面も多々ありますが、理論的にも手法的にもまったく違うものです。どちらも必要ですが、コンペティションでは、まず仲裁で激しいやりとりを経験し、どうもうまくいかないと実感し、そのうえでしっかり切り替えて、交渉で譲り合うことの効果を、身をもって感じてもらおうと考えたんです」

第10回大会より新しくなった住友カップ

交渉コンペティションを通してもっとも学生に学んでほしいことを、野村教授は「価値観の多様性」と強調します。
「世の中、これだけ広くいろんな人がいるのですから、自分が絶対欲しいと思う物を、嫌いだという人もいるかもしれません。しかし、だからこそ交換が成立するのです。交渉とは利害の交換にほかなりません。まず相手の利益を知ること、探ることの大切さを理解して、経験から学んでいくのです。これはだれもができることではありません。だからこそ交渉コンペティションの場で訓練することの意義があるのです」
住友グループは「大切なこと 人から人へ」というグループメッセージを掲げています。交渉と同じように、大切なことは人によって同じとは限りません。相手にとって何が大切なのか慮ることこそ、伝えるために、もっとも大切にしたい姿勢といえるでしょう。

交渉が文化となる日

2002年、4校で始まった交渉コンペティションも、昨年(2011年)は、参加19校を数えるまでに成長。中国の名門、上海交通大学や南半球随一の大学として知られるオーストラリア国立大学も参加し、まさに「国際交渉」の場となってきています。
今後も裾野を広げ、できれば地区予選会を設けられるようなものにまで拡大したいと、野村教授は夢を広げます。
「交渉コンペティションを始めたのは、テニスでいえば、ウィンブルドンの決勝戦を戦えるような選手を育てたいと思ったから。とはいえ、実際そんな選手は、子どものころから英才教育を続けて、初めてセンターコートに立てるわけです。交渉コンペティションを10年続けて、決勝戦とはいわないまでも、世界の一線で活躍できる交渉者を育てることはできたとは思いますが、もっと裾野を広げて、中学生や高校生の部ができるようになればいいねと仲間たちとよく話しています」

交渉の文化が定着する社会をと夢を語る野村美明教授

欧米では多くの地域で交渉の意義が理解され、町の寄り合いのような場所でも、ルールに則った交渉が行なわれているといいます。多様性理解をはじめとする「交渉文化」に触れる機会が間近にあるからこそ、国際舞台でも優れた交渉者が現れるのかもしれないと教授。
「いつの日か、交渉の意義を社会が深く理解して、小学生のころからお互いの利害を大切にする教育が実践されるようになれば。そう夢見ています」

大廻 政成(おおまわり まさなり)
野村 美明(のむら よしあき)
大阪大学大学院国際公共政策研究科/法学部教授
大阪大学法学部法学科卒業、ハーバード大学ロースクールLL.M 修了。司法試験考査委員、NPO法人グローバルリーダーシップ・アソシエーション代表。専門は、国際取引法、国際私法、ネゴシエーション、リーダーシップ。
著書に『実演交渉DVD 交渉は楽しい!』商事法務(2011年)、『ケースで学ぶ国際私法』法律文化社(2008年)、『交渉ケースブック』商事法務(2005年)などがある。

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