六代目総理事・小倉正恆が、昭和5(1930)年の総理事就任の後、新入社員たちに向けて語った言葉。「みんなはこれから財界に入るのだが、財界というところは、ただ金を儲けるだけではいかん。先ず人間として立派でなくちゃ駄目だ、人間を磨け」と演説した。立派な人間にならなければ大きな実業家にはなれないと諭し、人としての成長を促した。
大学卒業後、小倉は「国家社会のために」という高い志を抱いて内務省に入る。しかし、与えられた仕事は高位高官の接待や宴会への出席。正義感の強い小倉にはこうした生活が耐えられなかった。そのような時、別子鉱業所支配人だった鈴木馬左也から住友への勧誘を受ける。小倉は鈴木や経営トップの伊庭貞剛、十五代家長の友純に接して、入社を決意する。後に「一家に家風ある如く、会社には自らの社風がある。社風とは畢竟(ひっきょう)事業主なり。事業統率者の人格反映に過ぎない。住友は幸いにして、代々聡明の主人と人格高潔なる統率者に恵まれた」と語っているように、小倉は彼らの人格に感銘を受けた。
小倉は総理事就任の挨拶で、歴代の総理事たちが堅持してきた精神を継承し、住友の利益だけでなく国家社会に奉仕すると宣言した。総理事を退任する際には「自分は事業を起こすにあたって、利益になるかではなく、そのときにそれが道義にかなっているかどうかということをいつも考えてきた」と述べている。偉大な先人たちに感銘を受け、その跡を継いだ小倉は、自らも実業家の前にひとりの人間として誠実であろうと努め続けていたのだった。