伊庭貞剛の人柄
伊庭貞剛の思想や人柄をあまねく記したものに、伝記『幽翁』(1933年刊)がある。そのなかで、伊庭の心友河上謹一※1は明治40(1907)年頃、外務省の後輩で奉天総領事だった吉田茂に「予が伊庭翁に会わんことを勧めるのは・・・・・」と語りかけ、時局談や中国問題を聞くためではなく、次のような理由で面会してほしいと述べた。 「君が翁に会って必ず得るに違いないと思うのは、さながら春風のごとき感じである。この温かな感じこそは、君が将来世に処し人に対する上において、いかばかりか資すること多きや、はかり知れないものがあろうと」戦後日本の進むべき指針を定めた総理大臣吉田茂は、若いころに伊庭貞剛を訪ね、その謦咳に接していたのである。かくいう河上も、伊庭の春風がごとき好印象に引き寄せられて住友入りしたのであったが、それほど彼には人望があった。