東洋陶磁美術館が世界に誇る「安宅コレクション」。それは住友の手によって寄贈されたものでした。そのコレクションの魅力を、同館館長の出川哲朗氏、学芸員の重富滋子氏にお話しいただきました。(インタビュー=住友史料館副館長:末岡照啓)
東洋陶磁美術館が世界に誇る「安宅コレクション」。それは住友の手によって寄贈されたものでした。そのコレクションの魅力を、同館館長の出川哲朗氏、学芸員の重富滋子氏にお話しいただきました。(インタビュー=住友史料館副館長:末岡照啓)
(記事中の人物の所属・肩書は掲載当時のものです)
末岡:
東洋陶磁美術館は、実は住友グループにとっても記念碑的な存在です。戦前から、住友は図書館を寄贈したり、絵画展のスポンサーになったりと、メセナ(芸術文化支援)に力を入れてきていたのですが、 昭和21年の住友本社解散後は、各社がそれぞれ独立した会社となったので、グループでまとまってメセナをする機会がありませんでした。 東洋陶磁美術館は、戦後30年目にしておとずれたグループ全体で取り組む大きなメセナ事業でした。
出川:
当時の住友銀行と大阪市は非常に関係が良好で、住友グループ全体で大阪市になにかできないかというお話をいただいたと聞いています。安宅産業が経営破綻したときに、安宅コレクションも整理の対象となり、住友銀行がその任に当たられました。住友銀行を中心に住友グループとして、コレクションの買取り資金を大阪市へご寄贈なさり、結果的にその運用益によって、館の建設費までも賄われました。このようにして、「大阪市立東洋陶磁美術館」が設立され、そこに安宅コレクションの陶磁器が一点も欠けることなく、まとまって収められるという理想的な形になりました。最髙の決断だったと私たちも感謝しています。
末岡:
大阪には江戸の時代から町人が、自分たちで自分たちの町をつくるという気概がありました。寄贈という形で、それをまた受け継いでいくことができたのかなと思っています。
出川:
なかなかできることではありません。住友グループからのご寄贈によって安宅コレクションが散逸しないで残りましたので、作品の個々のキャプションには「住友グループ寄贈」と明示しております。
末岡:
大阪は、実業界から多くの数寄者(すきしゃ)が現れています。安宅(英一)さんもその系譜に連なるお一人ですね。
出川:
おそらくその最後といえるかもしれません。いまは実業家で美術品の大コレクターはほとんどおられなくなりました。
末岡:
その意味でも貴重なコレクションということになりますね。
末岡:
コレクションは、約1000点になりますね。
出川:
当館で収蔵しているのは、高麗・朝鮮陶磁が793点、中国陶磁が144点。そのほか、ベトナム陶磁や工芸品などを含めて965点です。これとは別に安宅産業は速水御舟の絵も集めていて、それが100点ほどありました。それは安宅産業の破綻後の早い時期に売却され、山種美術館に収蔵されています。ですから、当館にあるのは、安宅コレクションの陶磁器といったほうが正確かもしれませんね。
末岡:
コレクターとしての安宅さんは、どのような人だったのでしょうか。
出川:
まず、非常に優れた審美眼をお持ちでした。安宅氏は、20代後半から30代にかけて6年ほど、安宅産業のロンドン支店長として駐在されていました。ロンドンは美術館も多いですし、コレクターも大勢いますから、そこにいるだけでも目は肥えるでしょう。それに、ちょうどその頃、世界最大の中国美術展などがロイヤルアカデミーで開催されていたはずで、大いに刺激を受けられたと思います。そうしたコレクションや展示方法は、美術史的にはモダニズムの時代の見方に分類されるもので、グローバルかつ新しい視点で集められたものです。それまでの日本人のコレクターは、どちらかというとお茶道具の延長として陶磁器を集める傾向がありましたが、20世紀になってからのコレクションは、やはりモダニズムの系譜に連なるものだと思います。
末岡:
そして、帰国後、収集を始められたということですね。
出川:
昭和26年から会社としてコレクションを始めています。それ以前にも韓国陶磁に接する機会もあり、東洋陶磁の収集を行いました。コレクターには、眼、財、胆(胆力)に加えて運が必要といわれますが、その運という意味では、恵まれた時代でした。シャウプ勧告という税制改革で、一種の富裕税がかけられるようになり、富裕層は長く所有していた古美術品を売りに出し始めたのです。名品と呼ばれるものは、だいたい市場に出て来るものではありませんが、この戦後の混乱期は、古美術品が激しく流動した稀な時期だったのです。安宅氏にとっては、まさしく好機が訪れたというわけです。
末岡:
収集された作品に、特徴的な傾向は見られますか。
出川:
傾向というよりは、芸術的視点からの中国陶磁、韓国陶磁の世界的コレクションを目指しました。グローバルに集め、新たなスタンダードを作ろうとされた。名品を幅広く収集し、現在では国際的にも非常に高く評価されています。
末岡:
だからこそ、国が散逸することをおそれ、住友グループもこれを大阪市に寄付する決断をしたのでしょう。
重富:
これらのコレクションを、住友グループ全体として、大阪市にご寄贈いただいたお蔭で東洋陶磁美術館が誕生したということは、様々に行われているメセナの中でも特筆すべきことと思います。
末岡:
多くの美術品が美術館に収まっている今となっては、新たな収集はなかなか望めませんね。
出川:
現在、当館には約6,000点の美術品を収蔵しております。そのほとんどが寄贈になるものですが、これだけのご寄贈をいただいたのは、当館の収蔵品の根幹に安宅コレクションという素晴しいコレクションがあったことに尽きると思います。その礎を作っていただいた住友グループに、私たちは深く感謝しております。