大阪府立中之島図書館 意匠編

ギリシャ・ローマの神殿建築に範を仰ぎ、細部にわたってこだわった意匠を詳説します。

造形美を誇る明治洋風建築の傑作

四本の円柱
四本の円柱は、コリント式の柱頭飾りで彩られ、大型のペディメントを支えている。

18世紀から19世紀にかけて、欧米の建築界では古代の建築を理想とする「ネオ・クラシシズム(新古典主義)」が大きな潮流となっていた。それまでの主流だったバロック建築の自由奔放な構成や複雑な造形に対する反発が高まっていたのと同時に、古代遺跡の発掘がさかんになり、伝統的な様式や手法が持つ調和と均整に、理想を求める動きが高まっていったのである。

建築家らが手本としたのが、ギリシャやローマの建築様式。ホールや博物館、図書館などで、古代建築の意匠を正確に再現した建物が、次々と現れていた。

大阪府立中之島図書館は、明治37年(1904年)の落成。ギリシャ・ローマの神殿建築を忠実に踏襲し、遅ればせながら日本にも波及した新古典主義の流れを汲むものだ。

正面の中央玄関をポーティコ(玄関柱廊)として、19段の階段からなる高い基壇の上に置いて風格を醸し出している。基壇の上にそそり立つ四本の円柱は、コリント式の柱頭飾りで彩られ、大型の三角形のペディメント(三角破風)を支えている。アメリカのある図書館をモデルとしたといわれ、いかにもアメリカらしい堂々とした構えを持つ新古典主義建築だ。古典様式の忠実な再現は、細部にまで及ぶ。

円柱の柱頭飾り
アカンサスの葉をモチーフにした円柱の柱頭飾り、そしてぺディメントはデンティールを再現している。

円柱の柱頭飾りは、アカンサスの葉をモチーフにしている。アカンサスは、地中海沿岸に分布するアザミの一種でギリシャの国花でもある。コリント式オーダーはアカンサスを意匠化した柱頭飾りを特徴としており、とくにこの様式を好んだローマ人たちによって、周辺国へ広がっていったものだ。中之島図書館のそれは、非常に精緻で、華麗さをも漂わせている。

精美な装飾は、そのうえに乗るペディメントにもちりばめられている。かつて神殿が木造だったときの名残りで、屋根を支える垂木を模したとされるデンティール(歯形飾り)も再現。神殿様式を踏襲した中世以降の建築物では、デンティールは省略されているものも少なくないが、中之島図書館はここでも古典への忠節を徹底し、整然と並ぶデンティールが風格を高めている。

玄関上のラネッテ(半円空間)の頂部とその左右にエンブレム風の飾りが施され、建物正面の芸術的なまとまりは、国内の近代建築のなかでも傑出している。

中之島図書館 優雅なドーム
青銅製の均整のとれた半球形の優雅なドーム、そして壁面には端正な縦長の窓が並んでいる。

中之島図書館のもう一つの醍醐味は、中央に頂く優雅なドームである。青銅製の均整のとれた半球体は、ローマ建築の伝統に則ったもので、正面玄関と相まって、建物の優美な印象を高めている。

そのドームを中心にして、平面は十字形を描く。玄関から両側へ伸びる壁面には端正な縦長の窓が並ぶ。ルネサンス調の秩序だった壁面構成だ。両翼の閲覧室は、大正11年(1922年)に増築。当初建築された部分と違和感なくまとめられ、現在の広がりのある姿ができあがった。

中之島図書館の建築学的な評価をひときわ高めているのは、その均整のとれたプロポーションである。19世紀半ばから日本が西洋建築を学んできた歴史のなかで、一つの到達点ともされ、この建物が単なる古典の引き写しに留まらず、各様式が持つ歴史的背景や理念を正しく把握し、一つの作品として体現したものであることを雄弁に物語っている。

精緻で華麗な意匠にあふれたホール

ドームの下に広がる吹き抜けの広間は、外観のストイックなまでの古典様式とは打って変わって、自由奔放な造形を志向したバロック様式の意匠が採用されている。

ドームの形状に合わせた円型壁面を持ち、空間の中央には、曲線を多用した階段が配されている。左右対称で下部に向かって広がりを持つ階段は、それだけでも十分に印象的だが、階段のゆるやかなカーブと、壁面に沿って配された回廊による複数の曲線の組み合わせは、見る角度によりさまざまに印象を変え、吹き抜け空間に絶妙な視覚効果を生んでいる。天井の円形窓から落ちる自然光が、さらに演出を加えており、時刻によっても違った顔を楽しめる。

階段や回廊の部材には、国産の木材が使われているのも特徴的だ。ヨーロッパであれば大理石が用いられるところだが、あえて木材を使って日本らしさを演出することに成功している。建築から百年を経た今日でもほとんど狂いが見られず、良材を取り寄せて造ったことがうかがわれる。

吹き抜けの広間
曲線を多用した階段
回廊
階段や回廊の部材には、国産の木材が使われている。
円形窓のステンドグラス
幾何学的な造形
ドームには円形窓のステンドグラス、そして円を24分割した幾何学的な造形がある。

ドームを見上げると、円形窓のステンドグラスを中心にして、円を24分割した幾何学的な造形が目に飛び込んでくる。古代の壷アンフォラやシュロの葉をモチーフにした文様が繰り返し描かれ、幻想的な雰囲気を醸し出している。

三階壁面には、そのドームを支えるかのようにデザインされた装飾がある。2本の柱が一対となって支える意匠は、バロック様式の典型だ。正面の壁面はギャラリーとなっており、2体の彫像が飾られているが、その台座も楕円形で、いかにも歪んだ真珠という意味を持つバロックらしい。

ほかにもギャラリー上部のフリーズ(中間体)の花綱飾りや、回廊を支える木柱に施された木彫りの柱頭飾りなど、精緻で華やかな意匠にあふれ、見る者を決して飽きさせない。

壁面ギャラリー
北村西望の作品
壁面ギャラリーには、「建館寄付記」や「長崎平和祈念像」で知られる北村西望の作品が展示されている。

壁面ギャラリーの展示物も、それぞれに興味深い。まず目につくのが正面に掲げられた大小2枚の銅板「建館寄付記」と「増築寄付記」で、図書館の寄付者であった十五代住友吉左衞門友純が、寄付にいたった経緯を綴っている。円形壁面にぴったりと沿うように型をとって鋳造したものだ。

その左右に立つのは、「長崎平和祈念像」で知られる北村西望の手による彫刻作品。向かって右の棒を手にするのは「野神像」で、野生を表現。左の広げた書物に目をやるのは「文神像」で、知性を表しているといわれる。

ややわかりにくいが、フリーズには歴史上の8人の賢人(八哲)の名が記された板がはめ込まれている。階段正面から右回りに、菅原道真、孔子、ソクラテス、アリストテレス、シェークスピア、カント、ゲーテ、ダーウィン。図書館利用者は、内外の知性が見守るなかで、書を繰るというわけである。

世紀を越えて受け継がれていく知の殿堂

記念室
手作りガラス
蔵書
閲覧室の縦長の窓からは、建物外壁の意匠を間近に見ることができる。

正面玄関ホールの真上に位置するのが記念室。ラネッテに造り込まれた扇窓(ファンライト)が、ひときわ印象的な部屋だ。扇窓の桟には木材が使用され、部屋に落ちついた表情を与えている。

扇窓にはめ込まれたガラスは、当時の手作りガラス。微妙なゆがみがあって、その分、歴史を感じさせる造りになっている。壁の上部には、梁を模した装飾が施され、光と影が織りなす縞模様がアクセントをつける。

時代によってこの部屋の用途は変わってきた。通常の閲覧室であったこともあれば、特別閲覧室として時の要人が書を繰ることもあった。ときには、海外からの賓客をもてなす間としても使われた。現在、ここは記念室として、扇窓を飾るドレープ状のカーテンや、テーブル、椅子など調度品創立期から受け継がれてきたものが配され、当時の様子をよく伝える空間となっている。

左右両翼の増築部分は、現在、主に閲覧室として使われている。縦長の窓からは、街路樹などとともに、アカンサスをモチーフにした柱頭飾りなど、建物外壁の意匠を間近に見ることができる。

部屋の中央には、基壇に乗った円柱が梁を支える意匠が用いられ、円柱は下部から上部にかけてゆるやかに細くなるエンタシスも施されている。プラトンが創設したアカデメイア (学校)も、かくあったろうと思わせるもので、閲覧者はまさに知の殿堂のなかで蔵書に触れるのだ。

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